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2- 本当に欲しいのは?(8)
「大丈夫ですかー」
高橋の声がする。
「おいおい遅いぞ、どうしたんだよ神崎」
「ちょっと飲みすぎちゃったみたいで。すいません。てへ」
「野郎がてへとか言うな気色悪い」
待ちくたびれた早野は口が悪い。
「見ての通りだから、俺はしばらく神崎の様子見てから帰るよ。皆、後は好きにしてくれ」
俺がそう言うと、総意として帰る方向にまとまったようだった。
「じゃあ、すみませんが槙野さん、お先に失礼します」
「ああ」
「お先に失礼します」
口々に言って駅の方へ消えていく。
「さて、神崎、そろそろ歩け……なさそうだな」
まだ肩にかなりの重みがかかっている。
「すみません。ちょっと休めば大丈夫だと思うんですけど」
「いいよ。とりあえずそこのベンチまで頑張ってくれるか」
「はい」
近くのベンチまで二人で歩き、神崎を座らせた。
「気分悪いとかはないのか?大丈夫か」
「あ、そういうのはないです。ちょっと力入んないだけで」
それならこちらの気も楽だ。
「よかった。ちょっとコンビニ行ってくるからそこで待ってろ」
俺は駅近くに見えるコンビニに向かった。
コンビニで神崎の分と俺の分と2本水を買って戻ると、神崎はベンチにもたれかかって、というか半分くらい横になって居眠りしていた。
「お、おい大丈夫か神崎」
慌てて駆け寄って体を起こしてやると、神崎は目を開いた。
「ん、ぁあ……寝ちゃいました」
寝ちゃいましたってお前なあ。……そんな寝ぼけ可愛い笑顔で言うもんじゃないだろうが。
俺は神崎の隣に腰を下ろすと、買ってきたペットボトルを渡した。
「少し飲め。眠いなら俺に寄りかかっていいから」
「ありがとう、ございます」
少しは目が覚めたらしい神崎は、冷えたペットボトルを自分の頬にあてる。
「あー、冷たくて気持ちいい」
ずいぶん気持ちよさそうにしているので、反対の頬に触れてみると、熱でもあるかのように熱い。
「神崎、よっぽど酒に弱いんだな。ほどほどにしとけよ」
「反省してます。迷惑かけちゃってすみません」
「俺は別にいいよ。飲まないから、人の面倒見るのには慣れてる」
吐かないだけ、神崎はだいぶマシだ。
「……何やってるんだよ。開かないのか?」
神崎が、ペットボトルの蓋を開けようとして苦戦している。
取り上げて開けてやった。
「すみません。手に力入らなくって」
「うん」
「……神崎さん、怒ってます?」
「怒ってない。怒ってないが、次すみませんって言ったら罰金1000円な」
「えーなんで」
「ただくどい。もう4回言ってるぞ」
「よくそんな細かいこと覚えてますね」
「細かくて悪かったな」
俺が軽く神崎を睨むと、なぜか嬉しそうな笑顔でかわされた。
「いえ、ぶちゃねこのことも覚えてくれてたし、槙野さんすごいです。だめですよそんな睨んじゃ」
神崎が手を伸ばして俺の眉間に指をそえる。
ふいをつかれた俺は、思わず少し目を丸くする。
「そうそう、せっかく槙野さん綺麗でかっこいい顔してるのに。いつも目つき悪いですよ」
な、なんだそのセリフ。どう反応していいかわからない。
「余計な、お世話だ」
なんとかそれだけ喉から絞り出して、そっぽを向いた。
「ふわーぁ。やっぱ眠いです槙野さん」
とん、と神崎が体をもたせかけてくる。
ワイシャツ越しに体温が伝わってくる。少し熱い。
告白された時の手の熱さを思いだし、鼓動が速くなる。
「10分……10分経ったら起こしてください……」
眠そうな声で神崎が囁く。
すぐに、肩にかかる重みが増した。本当に眠ってしまったようだ。
起こさぬよう神崎を見ると、子供のように幸せそうな顔をして眠っている。
思わず手を伸ばして、そっと指先で頬に触れた。
俺はこの男をどう思っているのだろう。
少なくとも、俺にしては珍しく好意を持っているのは確かだ。
告白されたことも、悪い気はしていない。
ただ、断ったのは男だから。ただそれだけの理由。たった一つのつまらない理由。
だが乗り越えようのない課題。
神崎にとっては問題ですらないのだろう。
俺はどうしたいのだろう。
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