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3- 復習のお時間です(1)
俺はどうもやっちまったらしい。
週が明けて出社して、いつも通りに仕事をする。
斜め右前には相変わらず無言の早野。
斜め左前はちょうど神崎が打ち合わせから戻って来たところ。
俺は何も見ぬふりで、目の前のディスプレイに意識を集中させる。
それでも、神崎が至極上機嫌なのは鼻歌が聞こえてくるのでわかった。
猫鍋が、机横から神崎のディスプレイ下のいつでも目に入るところに格上げされている。
「早野さん、やりたいことがあるんですけど。こんなのできますかね」
神崎が早野に何やら手書きのいりくんだフローチャートらしき紙を渡している。
早野はそれを一瞥すると、手を止めて片手で口許を覆った。
やがて、眼鏡のブリッジに手をやってから何やら調べものをすると、猛スピードでタイピングを始めた。
「サンプルでソースコード送った。希望通りか確認してくれ」
「速っ!さすが早野さん、ありがとうございます。……希望以上です。めっちゃ美しいです」
神崎がにっと早野に笑いかける。
例の心を見透かすチェシャ猫みたいな笑みが視界の端に入り込む。
それから。
「ま・き・の・さん」
心なしか、いや、確実に俺を呼ぶ神崎の声が弾んでいる。
「今邪魔するな」
そっけなくするが神崎はめげない。
「ちょっとだけ」
無邪気な笑顔が俺を見ていて、胸が苦しい。
やめろよ。
俺にもチェシャ猫笑いしろよ。
可愛く笑うなって言っただろ!上司の命令だぞ!聞けよ!
「顧客から仕様変更の要望が来ました。受け入れるか否か判断をお願いします」
「……10分後に話を聞かせろ」
「わかりました。場所取っときますね」
そして10分後。
「わざわざ会議室取らなくてもよかっただろ」
「だって槙野さん、すぐ電話かかってきちゃって話が続けられないじゃないですか」
少人数用の会議室に俺と神崎の二人きりでいた。
「項番3について、赤字の部分が変更要望があったところです。ちなみに、変更前の仕様でもうテストまで済んじゃってます」
「変更するとして、工数は?」
「7人日」
「そこまでかかるのか?」
「新規と変更が2本とちょっとなんで」
「そのまま飲むのは厳しいな。別案件として改修にするか、断ってくれ」
「わかりました」
無防備にふわりと微笑む神崎。う、うん。これくらいならまだ耐えられる。
「じゃ、終わりだな」
俺はそそくさと立ち上がると会議室を出ようとした。
「え、ちょっと待ってくださいよ。槙野さん、なんか今日俺のこと避けてませんか?」
「気のせいだ。俺が忙しいだけだ」
「そうですか?」
明らかに不服そうな声音で神崎が下唇をつきだす。
やっぱり念押ししておくか。
「あのな神崎」
「はい?」
にっこりと見上げてくる。うっ、やめろ。
「そう見えないかもしれないが、一応俺はお前の上司だ」
「もちろんです」
笑顔が無邪気さを増す。眩しい。撫でたい。
「分かってるなら、少しは言うことを聞いてくれ」
「聞いてますよ?」
「いや、全然まったく聞いてない」
聞く気があるなら、今すぐその浄化作用のある笑顔を何とかしろ。
俺の心が、今すぐ仕事なんぞ放棄して、笑顔を愛でろと責め立てるんだよ!
「何の件ですか?すみませんがもう一回お願いします」
「い、いやだ」
あんなこと、二回も言えるかよ!
「何のことか分からないと、ご期待にはそえません」
「……じゃあいい。忘れろ」
俺は神崎をおいて会議室を後にした。
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