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3- 復習のお時間です(2)
結局その日は仕事にならなかった。
神崎の笑顔がこちらを向くたびに頭を撫でてやりたくなるのをこらえるので精一杯だったのもあるが、それよりも、新たな問題が浮上した。
独占欲が湧いてきてしまったのだ。
あの笑顔が、俺以外にも向けられてるんじゃないか。
そう思うと、いてもたってもいられない。
目は文字の上を滑るばかりだし、指もキーボードに乗ったままさぼっている。
仕事をしているように見えて、実は神崎の挙動を追いかけてばかりいた。
そんなわけで、定時を過ぎても今日中の仕事が全く終わらず、残業に突入した。
自動給餌機があるから鈴の飯は心配ないが、あまりに遅くなると鈴も心配するだろう。
できるだけ早めに帰ってやりたい。
しかし溜まった仕事の山。しかも、神崎も残業している。
「神崎、今日は残業か?」
「そうなんですよー。コードレビューが佳境に入っちゃって、溜まってるんです」
神崎が途方にくれた顔で見せたのは、コードをプリントアウトした紙の束。かなり分厚い。
「はあ。夕飯買ってきます」
「おう」
一人、また一人とフロアから人が減っていく。
うちのチームも、俺と神崎を残して誰もいなくなった。
買い置きしてある栄養バーをかじる。
神崎は焼きそばパンを咥えながらソースコードに書き込みをいれている。
ちょっと微笑ましい。
と思っていたら、俺の視線を感じたのか神崎がこちらを向いた。
「槙野さん、残業珍しいですね」
「そうだな」
お前のせいだがな。
「でも俺、槙野さんがいるならまだまだ頑張れます」
大輪の花のような満面の笑み。
あぁ。
可愛い。
抱きしめて頭を撫でてやりたい。
駄目だ。もう限界だ。
「な、あ、神崎」
自分でも滑稽なくらい緊張している。
手のひらにしっとりと汗をかいているのを自覚した。
「あれは、まだ、有効か?」
「あれ?」
「あの、サーバルームで言ってたやつだよ」
俺はこんな回りくどい言い方しかできないのか?いらいらする。
「もちろん有効ですよっ!」
瞬時に俺の机の横に来た神崎が、机に腕をつき、顎を乗せてキラキラした目で見上げてくる。
「YESですか?YESですかっ?」
「いや、お前、男だろ」
神崎の勢いに飲まれそうになり、俺は少し椅子を引きながらそう言った。
「男同士ってのはどうも……」
「……抵抗、あります?」
「ああ。ただ……その……神崎を可愛いと思う気持ちもある」
俺は正直に気持ちを言った。
途端に神崎が少し頬を赤らめて嬉しそうに笑う。
「だからそれやめろって言ったろ。撫でたくなるから」
「撫でてください。……あ、そうだ」
神崎が何か思いついたように顔を輝かせた。
「じゃあ、俺のこと飼ってください」
「は?」
突然何を言い出すんだこいつは。
「ほら。犬だと思って」
神崎は手を頭に添えて耳に見立ててぱたぱたさせる。髪が茶色いから余計犬っぽい。
「いや、俺猫派だから」
「そこをなんとか!いや、じゃなくて俺人間ですから。物の例えですから。つまりペットです」
「ペット?」
神崎は俺の手を取ってこう言った。
「そう。俺のご主人様になってください」
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