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4- しつけは飼い主の責任です(4)
お茶を追加して、なし崩しに読書タイムになった。
俺は読みかけだったミステリーを、神崎は本棚から発掘してきたSF小説を開いている。
L字ソファの角に座った俺の横に頭が来るようにして神崎が寝転がっているので、気が向くと本のページを繰るついでに神崎の髪を撫でてやる。
今日はワックスでまとめていないので、つやつやしていてさわり心地がいい。
たまに神崎が俺の手を捕まえて指にキスしようとするので、その度に手を振り払って額を軽くはたくのを繰り返している。
「槙野さーん……」
本を読みながら、のんびり、ぼんやりと会話を交わす。
「……ん……なんだ」
「会社でもさ……俺の……頭撫でたいって、思ってた……?」
「……時々な……」
「……どんな時……?」
「…………笑顔の時、とか……」
足元に日差しが届いて暖かい。
「……撫でていいのに……」
「だめだろ……」
「一回撫でてくれたじゃん……」
「……あれは……ご褒美だ」
「……ご褒美……もっとちょうだい……?」
「良い子にしてたらな……」
「……難しいな……」
「ちゃんと……仕事しろよ……」
「……うん……」
しばし沈黙。
鈴が日なたにあるベッドで丸くなっているのをちらりと見やる。
気持ちのいい午後だ。
「ねぇ……槙野さん……」
「……ん」
「好き……キスさせて……」
染めてるくせにつやつやした神崎の髪を指に絡ませて遊ぶ。
くるくると巻き付けて、指から離れていく感触を楽しむ。
「今は……そういう気分じゃない……」
「えぇ……いつなら……いいの……」
「そのうちな……」
神崎が突然がばっと起き上がった。
「そのうちって、いつなのよぉ!」
抱きついてこようとするから、額を押さえて牽制する。
「少なくとも今じゃない。あと、なんでおネエなんだ」
「槙野さんが焦らすからでしょぉ!アタシは今したいのよぉ!」
「落ち着け」
じたばたする神崎を、本に目を落としたままあしらっていると、しばらくしてまたころんともとの位置に寝転がった。
本を開きながら呟く。
「片想いは……切ないです……」
「……ん……」
そういう神崎が無性に可愛くて、手を伸ばして中指の背で唇に触れてみた。
温かくて、やわらかかった。
◇ ◇ ◇
部屋が薄暗くなってきて、明かりをつけて、ふと神崎を見ると眠っていた。
文庫本に指を挟んだまま、横向きに寝転がってすやすやと寝息を立てている。
ふと先日の飲み会後の神崎の寝顔を思い出した。
あの時も、子供のような幸せそうな顔で眠っていた。
「……寝顔は、可愛いのにな」
さっきまで、キスしたいとぎゃんぎゃん吠えていた男とは思えないほど穏やかな寝顔だ。
俺は寝室からブランケットを取ってくると、神崎を起こさないようそっと本を取り上げて、ブランケットをかけてやった。
元の位置に座って本を読もうとするが、どうにも神崎が気になってページがすすまない。
そもそも神崎の無茶な勢いに流されて妙な関係になっているが、俺としてはずいぶん久しぶりに他人とまともに付き合っている気がする。
いや、まとも、ではないかもしれないが、ここまで親密に誰かと付き合ったのは久方ぶりだ。
本を膝に置いて神崎の寝顔を眺める。
俺の心の準備ができていないが、好意を向けられるのは悪い気はしない。
俺は神崎をどう思ってるんだ?
単なる部下か?違う。
それならこんな休日にまで付き合ったりしない。
友人か?違う。
俺は友人とこんなスキンシップをとる人間ではない。
恋人か?……違う。
積極的に距離を縮めてくる神崎を好ましくは思っているが、性別の壁は大きい。
神崎にとってはないに等しいようだが……。
それならば、この男は、俺にとって何者なんだ?
会話をしていて心地よいと思う。
無邪気な笑顔を可愛いと思う。
その笑顔を独占したいと思う。
時折、髪や頬に触れたいとも思う。
分からない。
今のところは、「ペット」という便利な言葉にすがるしか手だてを思いつかない。
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