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4- しつけは飼い主の責任です(7)
「お風呂いただきましたー」
神崎がのっそりと風呂場から出てきた。
さっきまでは長袖Tシャツに白シャツを重ね着して、ルーズなシルエットのジーパンを穿いていたが、今はパーカーに足首を絞ったタイプのパンツ……サルエルパンツ?を穿いている。
背が高いっていいよな。何でも似合う。
わんこの癖になんとなくムカつくことに神崎は手足が長く顔が小さくて、スタイルがいいから、余計に良く見える。
八頭身あるんじゃないか、こいつ。悔しいから確認しないけど。
「なんですか槙野さん」
思わず神崎をじっと見ていたら、怪訝な顔で寄ってきた。
「いや、何でもない。俺も風呂入ってくるよ」
「いってらっしゃーい」
手を振る神崎を背に俺も風呂に向かった。
普段は俺はシャワーだけで済ましてしまうんだが、今日はせっかくなので湯船にお湯を張った。
体を洗って、お湯に体を浸す。
皮膚の表面からじわじわと温まっていって、お湯と同化して疲れが溶け出すような感覚がする。気持ちがいい。
『これよこれこれ、この感覚よー!』
ふと某漫画の風呂好き宇宙人のセリフを思い出した。
何巻だったかな、あれ。
俺も多少は漫画も読む。大体が、学生時代に気に入った漫画家を追いかけてるくらいだが。
気が向いた時に既刊をまとめて買って読む。
読み返したくなってきたところで、良い感じに体が温まってきたので、お湯から出て頭と顔を洗い、最後にもう一度温まってから風呂を出た。
がしがしと髪を拭きながらキッチンで水を飲んでいると、ソファで本を読んでいた神崎がじっと俺の方を見ているのに気がついた。
「なんだよ神崎」
神崎はじっと考えた挙句にこれだけ言った。
「槙野さんって、パジャマ派なんですね」
「あ、ああ」
今は落ち着いた色味のワインレッドのパジャマを着ている。
俺はどうにもパジャマでないと眠れない質だ。
黙った神崎がさらにこっちを見ていたかと思うと、たたっと駆け寄って抱きついてきた。
「めっちゃ尊いです!」
「おいやめろ、まだ髪濡れてるから」
そう言っているのに、神崎はかまわず濡髪に頬を擦りつけてくる。
……本当に犬みたいなやつだな。
「尊いってどういう意味だよ」
「そのままです。あ、褒めてますからね?もうほんと、槙野さんは期待を裏切らないですよね」
全然意味が分からん。
「いいからとりあえず離れろ。髪拭かせろ」
はっと何かに気づいたように神崎が体を離した。
「そうですよね。くっついてちゃせっかくの槙野さんが見えないですもんね」
……やっぱり犬だ。日本語が通じてない。
ソファにこっちを向いて座った神崎は、背もたれに頬杖をついて俺を凝視している。
最初は真顔だったのだが、だんだんそれが緩んできて今ではにまにま笑っているのが気味が悪い。
「槙野さんさすがです。俺、槙野さん見てるだけで幸せになれます」
「神崎、明日一緒に病院行こうな」
風呂が熱すぎたか。可哀想に脳みそが沸いてしまったみたいだ。
髪を拭き終わった俺はもう一口水を飲んだ。
「掛け布団どうする?タオルケット?毛布くらいあった方がいいか?」
「んー。見せてもらってもいいですか?」
背中に神崎をくっつけて寝室へ廊下を歩く。
「神崎…鼻息くすぐったい」
またしても神崎が俺の肩に頬をのせるようにして匂いを嗅いでいる。
首筋に息が当たってむずむずする。
「だって槙野さんのお風呂上がりですよ?匂いかがなくてどうするんですか」
「神崎のその理論はわけわからんが、同じボディーソープ使ったんだから神崎と同じ匂いだよ。自分の匂い嗅いどけ」
「あっそうか……って違う。なんか違う。自分の匂い嗅いで何が嬉しいんですか」
「俺の匂いも何が嬉しいのか解らんぞ」
「だっていい匂いなんだもん。あー……なんか気持ち良くなってきた」
俺の襟元で深呼吸してうっとりしている。抱き締めてくる腕が苦しい。
「おい、神崎ちょっと腕離せ。絞め殺す気か」
「あ、すみません。つい夢中になっちゃって」
神崎はすぐに離れた。
「何にそんなに夢中になれるのかさっぱり解らん。俺だぞ?アラサーだぞ?」
「歳は関係ないもん。槙野さんだからいいんじゃないですか」
はあ……?やっぱりわからん。
寝室に入った俺はクローゼットを開けた。
厚手の布団が置いてあるところから、毛布を引っ張り出す。
「タオルケットじゃやっぱ寒いよな。毛布出すよ……なんで入って来ないんだよ」
なぜか神崎が寝室の入り口で立ち止まったまま、複雑な表情で固まっている。
「ほら、毛布」
「す、すみません。入れません」
「はあ?」
「だって槙野さんが毎日毎晩寝起きしてる部屋ですよ?ベッドもあるし。入ったら最後理性を保てる自信なんてあるわけないじゃないですか。……入っていいなら、とりあえずベッドにダイブして思う存分堪能したいんですけど、いいですか?」
「わかった。駄目だ」
俺は毛布を抱えて部屋を出た。ついでに入り口にへばりついた神崎を引き剥がす。
「え、あ、あれ、え?うそ?」
俺の肩越しになにかを見た神崎が狼狽えている。
「なんだよ」
「ダブルベッド?」
「そうだが?」
「ななななななんで?槙野さん付き合ってる人いないって……まさか、昔同棲してたの?!え?そうなの?」
悲痛な表情まで浮かべた神崎を見ていると、思わず笑いがこみ上げてきた。
ぽんぽんと頭を撫でて、軽く頬をつまんだ。
「ばーか。違うよ。鈴が一緒に寝るから、窮屈にならないようにダブルにしただけだ。それ以外の意味はない。まあ、それでも鈴がど真ん中に寝ると苦しいんだがな」
そう言うと、神崎は大げさに息を吐いた。
「槙野さん、鈴ちゃん好きすぎ。世界で一番鈴ちゃんが好きでしょ」
「そうかもな」
「そのうち俺、鈴ちゃんに焼き餅やきそう……勝てそうにないなぁ。せめて二番目になれるように頑張る」
神崎はどうしてそこまで俺に固執するのだろう。
たいして取り柄もない無愛想な俺に。
神崎くらいの容姿があれば、恋人なんてすぐに見つかりそうなものだけれど。
素直に神崎に疑問をぶつけてみると、神崎は目を丸くしてぽかんとした。
「槙野さんは自分を過小評価し過ぎ。俺は槙野さんに一目惚れしちゃったの。大好きなの」
「一目惚れ?」
この年になってそんな青春めいた言葉を聞かされるとは思わなかった。
「そ。もっかい言いますけど、槙野さん」
あっけにとられていて、だんだん距離を詰めてきている神崎に気がつかなかった。
腕がのびてきて、きつく抱きしめられる。
耳元でささやく声。
「槙野さんがいいよって言ってくれたら、二人ともとろとろにとろけるまでめちゃくちゃに抱きたい。それくらい好き。好きすぎて困ってるよ、俺」
「……惚れっぽいタイプか?」
「そんな!俺から告白するの初めてです」
「そうか」
どさくさに紛れてキスしようとする神崎。俺はその額を手で押さえて牽制した。
押さえられてちょっと離れた神崎に、手首に、ちゅっ、とキスされた。
むず痒かったのでその頭に軽くチョップを入れる真似事をすると、神崎は嬉しそうにへへ、と笑った。
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