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5- 公園デビュー!(2)
俺は困っていた。
ある時は飲み会の帰り道で。
ある時は深夜の給湯室で。
またある時は昼食に誘われた飲食店の個室で。
女性たちが皆一様にこう言うのだ。
「好きです。付き合ってください」
昨日今日知り合った仲じゃない。同じ職場の人間だ。
そんな彼女らに真剣なまなざしで迫られると、大変居心地が悪い。
そもそも俺は異性愛者で、この状態は歓迎すべき状況のはずなのだが、どうにもその気になれないのだ。
よって俺の返事はいつも、「……すまない」となり、彼女たちを落胆させてしまう。
何故だ?何故急に彼女らは俺を意識するようになったんだ?
「えー、なに、槙野くん自覚なし?!うっわタチ悪っ」
居酒屋の喧騒をバックに、枝豆の殻を空いた皿に放りながら、遠慮なく人の事を貶してくる女は橘エリカ。
同期で、営業部に所属している。ずけずけとものを言うが、その方が知りたいことを教えてくれるかと思って飲みに誘った。
「ったく、これだからイケメン様はよぉ」
「いや、イケメンは正義」
「ひでぇ」
橘にスッパリ切り捨てられて天井を仰いだのはやはり同期の幹久譲だ。
性別年齢問わず交遊関係が広いので、何か聞いてないかと思って誘ったのだが……今のところ奴の口からはやっかみしか出てきていない。
「まぁ……アレだな、最近槙野の噂をよく聞くのは確かだな。俺、今槙野のいっこ上の階にいるんだけどさぁ、飲み物買いにわざわざ槙野のいる階まで降りてく子もいるからな」
「はあ?」
そんな馬鹿な、という顔をしたら、橘に枝豆の殻を投げつけられた。
「いい加減自覚しなって。今までもそこそこ話題には上がってたけど、今勢いスゴいから。それこそ嵯峨さん・西嶋くんと社内ナンバーワンの地位争ってるからね?」
嵯峨というのは、企画課にいる嵯峨麗 だ。サラリーマンやってるのがもったいないほどの美形、との噂を耳にしたことがある。
西嶋は今入院中の同期だ。母親がスウェーデン人で、顔立ちも日本人離れして整っている。
「いや、別にそんな地位要らないんだが」
「我儘言うんじゃねぇ。こちとら3連敗中で凹んでんだよ」
3連敗だぞ3連敗。ありえねえ。ちっとその女運分けてくれよと、ため息をついて大袈裟に頭を抱える幹久。
その様がおかしくて、思わずふふっと笑うと、「それ!」と、いきなり橘に枝豆を突きつけられた。
「え、え?どれだよ。というか、何が?」
さすがに驚いた俺は橘を見返す。
いらいらと橘が枝豆を鷲掴みにする。枝豆の皿が空っぽになる。
いつまで枝豆食う気なんだ。さっきから俺らは酒と枝豆しかオーダーしてない。
絶対店員に『枝豆同好会』だと思われてる。
「だーかーらー、女の子がきゅんきゅんしてる理由」
「はあ」
「槙野くんいつも無愛想でにこりともしなかったでしょ?最近よく笑うようになって、そのギャップがたまんないらしいよ」
「……じゃあ笑うなってことか」
それはそれで難しい。
「なんでだよー。せっかく女の子が寄ってきてるんだから、美味しくいただいちゃえよ」
「幹久サイテー」
冷たい目で橘が幹久を見下す。
「冗談、冗談だって。……でも確かに、なんとなく槙野の雰囲気が前と変わった気がするな。何かあった?」
「いや……心当たりはない、な」
とっさにそう答えたが、原因は間違いなくあの馬鹿犬だ。
ところ構わずにこにこしやがるから、うつったんだ。
最近休みの度に家に遊びに来るからな……。
「ねぇ、槙野くんってどんな子がタイプなの?」
「え!?」
突然の橘からの問いかけに、俺は困って前髪をかき上げた。
「あー……笑顔が可愛くて、一緒にいてものんびりできる人、かな」
とっさに出てきたのはそんな言葉だった。
言ってから、はた、と気づいた。
それって神崎じゃないか。
え、俺は神崎が好きなのか?
ただの部下でなく、友人でもなく、恋人として好きなのか?!
いや、でもそれは神崎に会った初日に俺から断ったはずで……。
それにほら、あいつは男だし……。ペットだし。
「なに固まってんだよ、槙野」
幹久が枝豆の殻を投げてくる。お前もか。やめろ。
「一緒にいてのんびりできるかなんて、付き合わないと分かんないじゃん。とりあえず顔が好みな子と付き合ってみれば?槙野くんがフリーだから皆狙ってるわけだし」
「うーん……なんかそれも遊んでるみたいで申し訳ないような……」
「槙野は真面目だなー。深く考えすぎだって。それより橘、合コンしねぇ?」
そのまま合コンを企画し始めた幹久と橘をよそに、俺は頭の中で神崎の笑顔を睨みながら思考の渦に呑み込まれていった。
もちろん、合コンの誘いは丁重に断った。
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