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5- 公園デビュー!(12)

案内板によると、「マロニエ牧場」というのが駐車場の東にあるらしい。 しばらく案内板の通りに歩いていくと、ちょっとした森に囲まれるようにして、牧場とログハウスが見えてきた。 牧場では馬とヤギと牛が放されていて、思い思いに草を食んでいる。 「おー、いますねぇ。馬おっきいなー」 神崎がのんきな声をあげて柵に近寄っていく。 同時に一頭の馬も神崎に気づいて寄ってきた。 「わ!近い近いっ……うひゃっ」 俺がちょっとヤギに気をとられていた隙に、神崎が奇声をあげて足をよろけさせた。 「何やってるんだ神崎」 「いや、この馬めちゃくちゃ懐っこくて……ひゃっ」 柵から首を乗り出した馬が、神崎に頬擦りしている。 当然馬の力に勝てるはずもなく、神崎は頬擦りされる度に足をふらつかせていた。 「何やってるんだよ。離れればいいだろ」 「や、こう体当たりで寄ってこられると離れがたいっていうか、うひゃっ」 神崎は楽しそうにふらふらしている。 ……何やってるんだか。 ひとしきり馬と戯れた後、ログハウスにも行ってみた。 ドアを開けると、カランコロンとベルがなる。 正面にはショーケースがあって、いくつか菓子類が並べられている。 右手側にはイートインスペースが設けられていた。 「あ、いーなープリン美味しそう。槙野さん、食べていきません?」 「俺はいいから、食べたいなら神崎食えよ」 テーブルについて待っていると、神崎がプリンを買って戻ってきた。 ココット皿に入ったプリンは皿にのせられ、脇にフルーツが添えられている。 「いただきます」 「ずいぶん白いプリンだな」 「ミルクプリンですから」 そう言いながらスプーンで一口食べた神崎は、目を細めて笑顔になった。 「うまっ。なんか、子供の頃に食べてたプリンと似てる。こっちの方がずっと美味しいけど」 「そうか、よかったな」 また一口食べた神崎はにこにこする。 あんまり俺の目の前で笑うなってば。うつるから。 だから、うつる前に神崎から視線を外した。 「槙野さぁん」 気のせいか、甘ったるい声で神崎が呼ぶ。 いい予感はしなかったが、渋々視線を神崎に戻した。 スプーンにひとすくいプリンを乗せた神崎が満面の笑顔で待っていた。 「美味しいですよー。一口いかがですか?」 おいやめろ。それは、「あーん」しろってことだろ? 俺が素直に口を開けるのを待ってるんだろ? 公開処刑かよ! 「大丈夫ですよ。スプーン二本もらってきましたから」 そういう問題じゃないの、分かって言ってるだろ! 「おすすめなんですよぉ。食べてくださいよぉ」 「そうか、ありがとう。じゃあスプーンごと寄越せよ」 「それはイヤです」 「じゃあ結構だ。自分で食え」 「まぁそう言わずに」 ちょうどその時、からんころんと入り口が開いて、新しい客が入ってきた。 チャンス! 神崎がそっちに一瞬気をとられた隙に、俺はスプーンに噛みついた。 「あ!」 「ご馳走さま。美味いな」 向き直った神崎が空になったスプーンを見つめて悲しそうな顔をしている。 「感触しか分かんなかった……」 「何を期待してたんだよ」 「槙野さんが照れながら口を開けてくれるとことか、スプーン咥えるとことか、食べ終わって唇ぺろって舐めるとことか見たかったんです!」 「熱弁するなよ恥ずかしい」 見たがるポイントが細かすぎてもはや変態だろ神崎。 「俺は満足したから、後は神崎食えよ」 「うぅ……もう一口いかがですか」 「結構だ」 肩を落とした神崎がプリンの続きを食べる。 初めはしょんぼりしていたが、よほどプリンが気に入ったのか、食べるにつれてまた少しずつにこにこし始めた。 ん?おい、そのスプーン、俺に食わせる時に使ってたやつじゃないのか? ……まあ、細かいことはいいか。 「ふぅ、ごちそうさまでした」 神崎が食べ終わって、満足げにからんとスプーンを手放す。 「もうすぐ日が暮れるな。そろそろ帰るか?」 「そうですね。そうしましょうか」

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