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7- アクシデント(1)

「っしゃあ、終わったー!」 最後のテスト結果を確認していた神崎が、歓声を上げた。 「槙野さん!プロダクトテスト終わり!完璧!」 喜色満面で神崎が俺のデスク横に飛びついてきた。 まるで飼い主に散歩をねだる子犬のようだ。 「お疲れ。後は俺らの仕事だな」 「え。うー……。俺あれ苦手」 ご褒美でも期待していたのか、一気に神崎がげんなりする。 あれとは、社内の品質管理部門のチェックである。 指摘が細かくて厳しいので有名で、ここで足踏みするプロジェクトも少なくない。 「資料は俺が作るから、後でレビュー頼む」 「……槙野さんが作るなら、レビューなんかいらないんじゃ……」 「そういう訳にいかないだろ」 「ふあーい……」 とは言え、スケジュール前倒しでここまで進められたのは中々の功績だ。 神崎はもちろんだが、他のメンバーもよく頑張った。 「スケジュールに余裕もあるし、今日はもういいんじゃないか?定時上がりで。なんなら定時前に早帰りしてもいいぞ」 それを聞いて早野が真っ先に帰り支度を始める。 こいつ、コーディングとテストが終わると後の工程には興味がないのだ。 「槙野さん、その資料っていつ頃できます?」 『まきのさんちに行ってもいい?』 関係ない話をしながら、筆談で神崎が聞いてきた。 「明日の午前中にはできると思う」 『俺は定時に帰るが、それで良ければ』 「さっすがー。じゃあその間に受け入れテストの準備しときますね」 『ご飯作って待ってます♡』 「そうだな。頼む」 しばらくして帰る支度を始めた神崎に声をかけた。 「おい、神崎。これやる」 デスクに入っていた小さなチョコと一緒に、俺の部屋のカギを握りこんで渡した。 神崎は手のひらでカギを隠して受け取る。 「あざっす!」 にこっと笑って神崎が首を傾けた。

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