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7- アクシデント(6)
急ぎ足で探し出した病室は、病棟の端に近かった。
静かな中に俺の靴音がうるさいほど響き渡っていたが、それにも気づかず、ノックする間も惜しんで病室の引き戸を開けた。
室内にはベッドが一台。傍らに椅子を置いて、スーツ姿の若い男が一人いた。
男は突然入ってきた俺に驚いたように振り返り、一拍置いて頭を下げた。
俺も上の空で反射的に会釈を返す。
「あの、神崎くんの容態はどうなんですか」
口をついて出たのはそんな言葉だった。
最悪の答えは聞きたくなかったが、訊かずにはいられなかった。
幸い、男は少し微笑んでくれた。
「手術はうまくいったらしいです。今はまだ麻酔が効いていて眠ってますけど」
男は立って部屋の隅から椅子をもう一脚持ってくると、俺に手のひらで指し示した。
「ありがとう、ございます」
ふわふわした足取りで、椅子に腰を下ろす。
神崎は包帯だらけでベッドに横たわっていて、わずかに覗いた肌にも擦り傷が見えた。
瞼はぴくりとも動かず、下りたまま。
ガーゼと酸素マスクで覆われていて、顔もほとんど見えない。
「俺、三鷹由紀といいます。ゼロ……神崎の幼馴染みです」
男が静かに口を開いた。
俺は神崎の顔を見つめたまま答えた。
「ああ、失礼しました。俺は槙野透です。神崎くんと同じ職場で働いています」
どうやら、三鷹は俺のことを知っていたらしい。
ふっと息を吐いて微笑む気配がした。
「貴方が槙野さんですか。神崎からよく話を聞いてます。なんかいろいろお世話になってるみたいで。ありがとうございます」
「いえ、そんな」
世話になってるのはこっちの方だ。
今更になってそんなことを痛感する。
笑顔をくれて、愛想のない俺に好意を抱いてくれて、一緒にいてくれた。
鈴を抱きながら俺に笑いかける神崎の姿がフラッシュバックする。
もう少し、もうちょっとと言いながら俺に抱きつく神崎の温もりを思い出す。
「俺、ちょっと食事に出てきます。30分くらいで戻ります」
遠くの方で三鷹がそう言ってそっと部屋を出ていった。
途端に部屋が凍りついたように静かになる。
神崎が本当に生きているのか不安になるほどの静けさ。
「……」
包帯の隙間からわずかに覗いた右手の小指に触れる。
冷えたその指に、視界が歪みガラにもなく涙が落ちそうになる。
少しでも温まるように、その指を手のひらで包み込んだ。
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