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7- アクシデント(8)

その日も定時になったので、俺は帰り支度をして席を立った。 しかし、その場を立ち去る前に、西嶋がすばやく俺のバッグを掴んで引き留めた。 「おい、槙野。今日ももう帰りか?」 「ああ。何か用か?」 「いや、とりたてて今すぐに重要な用があるわけじゃないが」 西嶋の言いたいことは分かる。 プロジェクトマネージャーがメンバーを置いて毎日定時帰りなのは、いかがなものかと言いたいのだろう。 「スケジュール通り、今日俺の為すべきことは全て為した。急ぎの用でないなら、すまないが明日にしてくれ。もちろん皆もそうしてくれて構わない」 何か言いたげに西嶋は口を開き……力を抜いてため息をついた。 少し険しい目つきで俺を見る。 「分かった。今日も病院に行くのか?」 「ああ」 「そうか。……神崎によろしく伝えてくれ」 ◇ ◇ ◇ 神崎の病室に行くと、ちょうどカーテンが閉まっていた。 カーテンの向こうでは、看護師と神崎が喋っている。 どうやら点滴の交換らしい。 「神崎さん、今日もそろそろあのカッコいいお兄さん来るんじゃない?どういう関係なの?ねえ、もしかして恋人?気になってしょうがないんだけどー。医局の皆で妄想しまくってるんだから」 「ええ?んー……むー……、上司」 「ただの上司じゃないでしょー。だって毎日いらしてるんだから」 「へへ。秘密だよ」 神崎が楽しそうに笑っているのが聞こえる。思わず俺も頬が緩む。 何となくその場にいるのは気まずかったので、音をたてずにそっと部屋を出た。 ◇ ◇ ◇ しばらくコミュニティスペースで時間を潰してから病室に行くと、神崎は上機嫌できらきらしながら俺を笑顔で迎えた。 「今日は起きてるのか。調子はどうだ?」 「んー、まあまあ。動きたい」 「無茶言うな」 実際、ほぼ全身をギプスで固定されているような状態だ。 気持ちは分からないでもないが、動けるわけがない。 「お医者さんにも怒られちゃった。助かったのが奇跡なんだって言われた。俺ついてるから」 切れた唇でにひひと笑ってから、痛みに顔を歪める。 「それより槙野さん、毎日来てくれてるんだって?看護師さんから聞きました。忙しいんでしょ?俺なんかのために無理しないでよ」 「何言ってるんだ。飼い犬でも怪我したら心配になるだろうが。気にするな」 でも、とごねる神崎の手を撫でて黙らせる。 「そうだ、最近家にカメラをつけたんだ。会社にいても鈴の様子が見れるように」 「えー!そんなのできるの」 ほら、と俺は携帯を取り出してアプリ画面を見せた。 いくつかカメラを切り替えると、ちょうど鈴はソファの上で丸くなっていた。 「わっ、鈴ちゃんだ。うー、触りたいなー」 画面の上から、指先で鈴をくるくると撫でる。 「早く元気になれよ。鈴も寂しがってる」 「うん。俺頑張ります」 「神崎の携帯でも見れるようにしてやろうか」 ふと思い付いて、俺は手を出した。 「え!してして!お願いします。あぅ、すみません。そこのバッグから俺の携帯取ってもらえますか」 俺はベッド横のバッグから携帯を取り出すと、アプリをダウンロードして、設定する。 「ここの消灯は何時だ?」 「11時です」 「じゃあそれまではカメラの電源入れといてやるよ」 ◇ ◇ ◇ そろそろ11時だ。神崎はまだ起きているだろうか。 わざわざ消灯の時間を聞いた意味を解ってくれただろうか。 俺はソファに座って鈴を抱き上げると、カメラを見上げる。 おやすみ、と声を出さずに言うと、神崎を想ってふと微笑みがこぼれた。

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