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7- アクシデント(10)

退院の日。 俺は神崎に付き添って病院を出た。 まだしばらく通院は必要だそうだが、とりあえず一安心だ。 「荷物持ってもらっちゃってすみません」 「いいよ。松葉杖じゃ持てないだろ」 タクシーに乗り込むと、神崎が家の住所を伝えた。 「そういえば、槙野さんが俺の家に来るの初めてだ」 「そうだな」 「驚かないでね」 「何にだよ」 「色々」 しばらく他愛もない話をしているうちに、タクシーが目的地についた。 「え」 「だから驚かないでって言った」 そこにあったのは、どこにでもありそうな古びたアパート。 「あー、一階で良かった」 神崎が一番端の部屋の鍵を開ける。 「どうぞ。狭いけど」 確かに狭かった。小綺麗に片付いてはいるが、ワンルーム。 入ってすぐにキッチンと向かいに浴室とトイレがあり、奥の部屋は半分くらいをベッドが占めている。 余った隙間に小さなテーブルとカラーボックスが置いてあり、それがすべて。 部屋のあちこちにぬいぐるみが置いてあるのが神崎らしいとは言えるが……。 「あ、荷物ください」 「お、おう」 ベッドの横にバッグを置くと、神崎はベッドにおそるおそる腰を下ろした。 ぽんぽんと隣を叩く。座れというのだろう。 「……神崎お前、借金でもあるのか?」 「いやいやいや!ないよ!」 「もうちょっと給料もらってるだろ」 「んー……まあ、そうなんだけど。話していい?俺のちょっと重い話」 「うん」 それはあまりに重かったので、かいつまんで話すと、神崎の両親は、神崎が幼い頃に離婚した。 母親と暮らすことになったが、彼女はなにか上手くいかないとすべて神崎のせいにして、頻繁に暴力をふるうようになった。しばらくして母親は再婚したが、再婚相手も幼い神崎に暴力だけでなく、その……性的にも手を出す男だったらしい。おかげで母親の暴力は加速。七つの時、小学校の健康診断で虐待が発覚して、神崎は保護施設へ行くことになった。 以来、両親とは会っていないらしい。 「んで、施設がさー、個人でやってるとこだから、今にも潰れそうなんだよね。俺にとってはあそこが実家だから、毎月余ったお金を送ってんの」 「余ったって……こんな暮らしじゃ相当だろ」 「んー。三分の二?五分の四?それくらい。あー今月は入院しちゃったからあんまり送れないなー」 へらっと笑って見せる神崎があまりに不憫で、俺は頭を撫でていたが、いたたまれなくなって抱きしめた。 バランスを崩してベッドに倒れこんだが、抱いた腕は離せなかった。 「槙野さーん……せっかくだから、俺、キスの方がいいな」 「馬鹿」 「しちゃうもん」 神崎は体を起こすと俺の顎をつかみ唇を重ねた。神崎の唇は柔らかい。 唇の隙間から舌が入ってきた。ゆっくりとお互いの舌を絡め合い、口内を刺激する。口蓋をじっくりとなぞられて、じりじりと体が熱くなる。 こいつ、キス上手いな。いや、俺の耐性がないだけか? 舌が溶けて混ざりあったんじゃないかと思う頃、ちゅっと音をたてて神崎が唇を離した。 ちょっと頭がぼぅっとする。 神崎はそのまま唇を耳許まで持ってきて囁く。 「ねぇ、槙野さん抱きたい」 「足治ってないんだからだめだ……」 「こんなの平気だよ」 「無茶するな……というか、これ以上心配させるな……」 「……はぁい」 不承不承かつ嬉しそうにという相反する感情を同時に表して、神崎はころんと背中を向けた。 「おい待て、勝手に離れるな」 シーツの上を移動して、神崎を背後から抱きしめる。 「どうしたの槙野さん。そんなにくっつきたがるなんて」 「別にいいだろ」 「寂しかったんだ?」 「んなっ、別に寂しくなんか」 「じゃあなに?」 「……病院ではだいたい手を握ってたりしてただろ……なんか癖になって、神崎に触ってないと落ち着かない」 「ちょっと……可愛いこと言わないでくださいよ……!マイサンが大変なことになるからっ」 神崎が急に前屈みになる。 「変態だな」 「槙野さんのせいでしょ!だいたい、抱きたいって言ったのにそんなに嫌がらないし!ほんとに俺の足治ったらいいの?抱いて」 「そういう雰囲気だったらな……」 「雰囲気って女の子かよっ!よーし、俺頑張る。三日で足治す」 「変態な上に馬鹿か」 「だって槙野さんと早くラブラブしたいもん」 「無理するな。時間はたっぷりある」 そう言って神崎の頬を撫でると、神崎は少し赤くなって黙った。 やがて寝返りをうって俺の胸に顔を埋めると、もごもご言う。 「槙野さんの……そういう大人なとこ好き」 「そうか」 俺は神崎を抱きしめて、神崎が胸の中でぽつりぽつりと甘い言葉を吐くのを聞いていた。

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