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8-わんこ卒業(1)
神崎が職場に無事復帰して数日経った休日。
俺は久しぶりに買い物に出かけてきた。
買い物の内容?特に興味を持たれるものは買っていない。
数冊の本と、季節ものの衣料を少し。
しかし、地元駅まで戻ってきたところで、ふと見覚えのある看板を見つけた。
期間限定ショップがまた様変わりしていて、その看板が『マロニエ牧場』になっている。
以前に神崎と遊びに行った牧場だ。
確か神崎がミルクプリンを気に入って食べていたっけ。
あの時のにこにこ笑顔を思い出して、つい頬が緩む。
ショップに立ち寄ると、ミルクプリンを二つ買い、家に帰った。
「ただいま鈴」
「んんな」
するりと俺の足に背中をすり付けた鈴は、ふんふんとミルクプリンの入った紙袋の匂いを嗅いだ。
「残念だが、それは鈴の食い物じゃないよ」
「なん」
途端にふいっと顔を背けた鈴を抱き上げて、リビングに入る。
荷物を置いてスツールに腰かけた俺は神崎にメッセージを送った。
『今から家に行ってもいいか?』
膝にのせた鈴を撫でながらしばらく返信を待つが、返ってこない。
メッセージを読んでもいないようだ。
どうしようか。プリンを俺の手元に置いておいてもしょうがないし、行くだけ行ってみよう。
留守だったらドアノブにでも掛けておけばいいだろう。
眠りかけた鈴を窓際のベッドに寝かせると、俺はもう一度外に出た。
◇ ◇ ◇
神崎の家は、俺の家から電車で十数分ほどだ。
時折メッセージの画面を確認しながら電車に揺られるが、メッセージはなかなか既読にならない。
あと一駅というところで、ようやく携帯がメッセージを受信した。
『すみません!ちょっと用事があるので会えそうにないです』
とはいえ、もう最寄り駅に電車が着きそうだ。
このまま家まで行って、プリンだけ置いてこよう。
俺は電車を降り、改札口へ向かう。
改札を出たところで、外に向かう通路を探す。
ええと、確か西口だったな。
まっすぐ延びる通路を歩いていくと、出口の近くに若い女性が立っているのが見えた。仕草からして、どうやら泣いているように見える。
俺はふと足を止めた。
待ち人が来たらしく女性は顔をあげて外にいる人物の元へ駆け寄っていく。彼は女性の肩を抱くと何か話しかけながら歩き去った。
女性と同じぐらいの年齢の男で、背の高い……神崎だった。
俺は踵を返し、もと来た方へゆっくりと足を進めた。
何を話しているかはもちろん分からなかったが、彼らは傍目に親密そう、あるいは似合いのカップルに見えた。
◇ ◇ ◇
俺は帰ってくると、ぐったりとソファに座った。
家はしんと静まり返っている。
「なあ鈴」
俺は鈴を抱き上げて、その柔らかな毛皮に鼻を埋めた。
万歳をする格好になった鈴はさぞかし迷惑だろう。
しかし、俺の気持ちを汲んでくれたのか、文句も言わずにされるがままになってくれた。
「鈴は神崎のこと、好きか?」
「なん」
分かっているのかいないのか、鈴は短く鳴いた。
「俺も好きなんだけどな。本当に好きでいいのか分かんなくなったよ」
俺は鈴を床に下したが、鈴はまた膝の上にのぼってきた。
あの女の子は神崎と親しそうだったが、どういう関係なのだろうか。
一見、女の子は神崎を頼りにしている様子だった。
そして、神崎が女の子の肩を抱いている様は、お似合いに見えた。
俺といるより、あの子の方が……。
胸が痛くて喉が苦しい。
鈴が伸びあがって肩に前足を置くと、俺の頬を舐めた。
「ん?泣いてないよ、鈴。ありがとう」
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