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8-わんこ卒業(2)

次の土曜には、神崎が家に来た。 いつも通り紅茶を淹れていると、ソファに座っていた神崎が振り返った。 「先週はすみません。急な来客があって」 神崎が頭を下げる。ティーセットをテーブルに置き、俺もソファに座った。 「ああ、いいよ。俺も突然だったし。……実は、あの時神崎のところの駅まで行ってたんだ」 「え!すみません!無駄足踏ませちゃった」 胸が苦しい。 無理やり深呼吸をして、言葉を口から押し出す。 「駅に行ったら、ちょうど神崎がいた」 「なんだー、声かけてくれればよかったのに」 丸く見張った無邪気な神崎の瞳が、俺のひねくれた心を抉る。 「女の子と一緒だった」 「そうなんですよー急に連絡来て、相談にのってほしいって言われて」 「神崎とあの子、お似合いだったよ」 「は?」 話し始めたら止まらなくなった。俯いたまま、言葉を繋げる。 「なあ、神崎は本当に俺でいいのか?」 「ちょっと槙野さん何言って」 神崎が遮るが、構わず俺は吐き出し続けた。 「男の俺なんかより、あの子の方が「槙野さん!」神崎には似合ってる」 「ねえ、槙野さん?!」 神崎が俺の両腕を掴んで揺さぶる。 「あの子は、俺がいた施設の園長の娘さん。親と喧嘩して飛び出してきたけど、行くあてに困って俺に連絡してきただけ」 一気にまくし立てると、息をついで続けた。 「むしろへたれな俺の方が槙野さんと釣り合わないかもしれないけど!それでも、出会って二日目から、俺、ずっと言ってますよね?槙野さんが好きって」 「でも、」 「でも、も、だって、もない!俺がこれからを一緒に歩いていきたいのは、槙野さんしかいないの!」 「……っ」 勢いに飲まれて俺が言葉を詰まらせると、神崎は膝立ちになって俺の肩を掴んで体を引き寄せ、その胸にかき抱いた。 「信じてよ。いくらでも言うから。大好き。ずっと傍にいたい」 耳に吹き込まれる甘い呟きと、抱かれた胸から響いてくる心臓の鼓動が、俺の心を、つまらない偏執を、跡形もなく融かしていく。 気がついたら俺も神崎を抱き返していて、いつの間にか唇を重ねていた。 「ね、今日泊めて?」 濡れた唇が誘う。 俺は返事のかわりにその唇を啄んだ。

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