カーテンが開いた窓から差し込む月明かりに槙野さんの白い肌が浮かび上がって、幻想的なくらいに綺麗だ。 壊さないようにそっと指を走らせる。 鎖骨をなぞるようにすると、槙野さんはくすぐったそうに笑った。 俺にしか見せない笑顔。愛しさで俺の頭がどうにかなりそうだ。 でも、槙野さんの次の言葉で俺は凍りついた。 「神崎、シャツ脱げよ」 え、え？ 「なんでそんなこと言うの。やだ。無理」 反射的に俺は自分のシャツの裾を握りしめた。 「……どうしても嫌なら、嫌じゃなくなるまで待つから……」 静かな口調で言い聞かせるように槙野さんが言う。 「俺は、過去も含めてありのままの神崎を愛したい。愛してほしい」 そんなセリフ……ずるいよ……。 シャツの裾をおさえた手を、槙野さんが優しく撫でる。 「どんな姿であれ、俺が神崎を必ず幸せにするから」 握りしめた手が少し緩む。 でも、怖くて震えが止まらない。だって俺の体はお世辞にも見目良くないから。 「無理はしてほしくないが……なんか俺、矛盾してるな。すまん。とにかく、その気になるまで俺は待ってるから」 槙野さんの穏やかで優しい声。 今を逃したら、槙野さんの優しさに甘えっぱなしになる気がする。 零、いいのかそれで？どうすんだ、零？ ……あ”あぁーっ、くそっ！ 俺は崖から飛び下りるような覚悟でシャツを脱ぎ捨てた。 月明かりが、俺の赤黒い醜い傷痕を照らしている。 体を起こした槙野さんが俺の体を抱きしめた。 槙野さんのまっさらの肌と、俺の変色した肌が触れる。 ……初めて、素肌で抱き合った。 「ありがとう神崎。俺のわがまま聞いてくれて」 俺は今にも泣き出しそうで、喉がひくつくのを必死でこらえていた。 「ま、きの、さん」 「うん？」 すり、と槙野さんが俺に頬を寄せる。 「本当に幸せにしてくれる？俺のこと見捨てたりしない？」 怖い。 槙野さんがいない日々なんて、考えただけで叫びだしたくなる。 でも、俺は欠陥品だから。 どうしようもない親から産まれ落ちて育てられた出来損ないだから。 俺だっていつロクデナシに堕ちるか分かったもんじゃない。 槙野さんの傍にいる資格だって、いつ失うか分からない。 恐い。 耳許で槙野さんが静かに告げる。 「俺が全力で幸せにしてやる。それに、俺だって神崎がいないとうまく笑えない。見捨てないでなんて、こっちの台詞だ」 横目で槙野さんを見たら、穏やかに微笑んでくれていた。 あんまり綺麗なその微笑みに、とうとう涙が零れ落ちた。 「お願い。槙野さん。どうか、どうかほんとにお願いだからずっと傍にいて。もう槙野さんがいないと、俺、自分がどうなっちゃうか分かんないの」 きっと、槙野さんがいなくなってしまったら、俺はやさぐれて堕ちる。 槙野さんという人が、心底愛しく想える人が、この世にいることを知ってしまったから。 知らない頃には、もう戻れないんだ。 でも、そんなことを考える必要はなかった。 「心配要らない。幾つになったって、もし喧嘩したって、俺は神崎を手放さないから」 槙野さんの手が、いたわるように俺の背中をゆっくり撫でてくれる。 その晩は、槙野さんの腕の中で、醜い肌を曝したままひっそりと泣いて過ごした。