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9-約束(6)SIDE:神崎
お昼ご飯を食べ終わって、片付けも済ませて、またソファに戻る。
いつもならここで槙野さんがお茶を淹れるんだけど今日はそうしなかった。
ソファに座って、本の続きを読むわけでもなく、俺の顔をちらちらと見る。
あ、目が合った。
とたんに槙野さんが固まって動かなくなった。
「槙野さん?どうかしました?」
「う、あ、うん」
明らかに変だ。
「何か俺に言いたいことでもあるの?」
「あー、その……そうだな。ええと、ちょっと来てくれないか」
なぜか緊張したような面持ちで、槙野さんが立ち上がった。
なんだろ?
俺、なんかやらかしたかな、とか考えるけど、全然まったく心当たりがない。
ここは素直に槙野さんについていこう。
洗面所を過ぎ、寝室を過ぎて、槙野さんの部屋の隣。
そういえば一度も入ったことのない部屋だ。
ドアを開けて槙野さんに招き入れられる。
「へぇ、こんな部屋あったんですね」
俺が間抜けな感想を漏らすと、槙野さんが相変わらず若干緊張したように俺の後ろに寄り添った。
「な、なんですか急にっ」
ちょっと!槙野さんがめちゃくちゃ可愛いんだけど!!
思いっきり頑張って後ろを振り返ると、槙野さんは俺の腰に腕を回して抱きついて、首筋におでこをつけて俯いてるみたいだ。
うわ可愛い!抱きしめたい、でも届かない!
俺が一人で悶絶していると、ようやく槙野さんが声を発した。
怖いくらいに落ち着いてる槙野さんからは想像できない、普段より小さなちょっと震えた声を。
「神崎に、プレゼント、だ」
「え?」
思いもかけない単語に、俺は戸惑って部屋の中を見渡した。
六畳くらいの部屋で、作り付けのクローゼットがある。
東側には窓、北側の壁沿いにゆったりしてふかふかのソファがあって、前にはローテーブルも置かれてる。
窓の下にはオレンジ色のカボチャの形をした大きな何かがどかんと鎮座してる。
カボチャの中はくりぬかれてて、横の出入口から満足そうな鈴ちゃんが顔を出しているところを見ると、たぶんキャットハウスなんだろう。
さしずめカボチャの馬車に乗ったシンデレラだ。
部屋の中にあるのはこれで全部……いや、テーブルの上に何かある。
青色のリボン……違う。リボンが可愛く結ばれたカードだ。
このプラスチックのカードは何度も見たから知ってる。
槙野さんちのカードキー。
「へ、合鍵?くれるの?」
思いも寄らない展開に俺がそう言うと、槙野さんは首を横にふった。
「鍵も、部屋も、全部、神崎にやる」
え?
「うちに泊まるときの着替えとかの荷物置き場にしてもいいし…………神崎が、住んでもいい」
あぁ、そういうことか。……え?
住んでもいい、って?
俺が?ここに?
「カボチャ以外の家具は神崎の好きにしていい。収納とかデスクとか何か必要なら買い足す。もし住んでくれるなら、ベッドは……その……寝室があるから、そっちに、その」
「ああ」
え?え?どーゆーこと?難しくて状況が理解できないんだけど。
この部屋に俺が住むって、ここは槙野さんちで、それは、つまり?
オーバーヒートしておめめぐるぐる状態の俺の背中から、槙野さんが離れると、俺の目を見つめてこう言った。
「良かったら、俺と同棲してくれないか」
「はい」
俺は即答した。
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