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【番外】思い出ショウタイム(9)

昔々、まだ両親と暮らしていた頃、俺は一度だけ家出をした。 何歳の時だったんだろう。幼稚園には行ってなかったし、ろくに誕生日を祝ってもらったことがなかったから、俺はその頃自分の年も、誕生日すらも知らなかった。 毎日虐待を受け続け、その日、とうとう考えた。 このままこの家に居たら、俺は死ぬんじゃないかって。 思い立ったら行動は早かった。だって死にたくなかったから。 両親がまだ仕事に行っている間に、小さな青いリュックに着替えと、ありったけのお菓子を詰めた。 今でも思い出せる。その日の夕暮れはきれいだった。 茜色の陽光が俺も含めて辺り一面を染めていて、まるで別世界みたいだと思ったのを覚えてる。 夕陽に照らされて、俺は家を出た。 目指す場所なんてなかった。どこか遠く、親も知らないような所に行こうと思った。 あてもなく歩いていると、車がたくさん走っている大きな道路に出た。 上を見上げると青い看板がかかっていて、文字は読めなかったけど矢印がまっすぐ上を指していた。 その先に何があるかも解らなかったけれど、『こっちに行け』と言われている気がして、俺はその矢印を頼ることにした。 ひたすら歩いて、青い看板を見つける度に立ち止まって行き先を確認した。 矢印が複数に別れているときは、『神様の言うとおり』をして行き先を決めた。 そのうちお腹が減って、歩道橋の柱の下に座ってお菓子を食べた。 喉が渇いて、飲み物を持ってこなかったことを後悔した。 何時間歩いたんだろう。空はもう真っ暗になっていたけど、車のライトがひっきりなしに道を照らしていたから怖くはなかった。 足が痛かった。靴を脱いでみると、靴下が赤く染まってた。 どうやら、足の爪が皮膚に食い込んで出血したみたいだった。 どうしたらいいか分からない。 しょうがないからそのまま、また靴を履いて歩き続けた。 歩いて歩いて眠くなってきた頃。 一台のパトカーが横に止まった。 まずいと思った俺はとっさに走り出した。 でもすぐに後ろから声が追いかけてきて、腕を掴まれた。 何を訊かれたんだっけ?細かいことは覚えてない。 ただ、親のことと、家の場所を訊かれたのは覚えてる。 両方とも俺は首を横にふって答えなかった。 答えなかったけれど、リュックの中を見られてバレた。 ふたのところによくあるじゃん。住所と名前を書くスペースが。 このリュックを買った時はなぜか母親の機嫌が良くて、普段なら絶対書かないだろうそれを書いてくれたんだ。 そういうわけでパトカーに乗せられて、家へ連れていかれた。 出てきた母親は、まるで今まで心配してたかのように振る舞って、俺の肩を掴んだ。 お巡りさんが帰った後、思い切り平手打ちをされた。 ひりつく頬を押さえ、泣き声を堪えて、俺は床にうずくまった。 その態度が気に食わなかったのか、二、三度足で小突かれたけど、それだけだった。 笑いながら、俺のリュックは生ゴミと一緒に棄てられた。 そして。 「帰ってこなきゃよかったのに」 俺の一度きりの家出は失敗に終わった。

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