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第3話
「そりゃお前、嫌がられてんだよ」
牛丼を頬張りながら大崎がそう言う。
ランチタイムは決まって大崎と外に食べに出ていた。
その際に、双海との出来事を相談してみたのだ。
「でもさ、お疲れ様でしたって…」
「ソリャ嫌味なんじゃねえの?」
ジロジロ見やがって!ってさ、と大崎が笑う。
松浦はムッとしつつも反論できない。
確かに運転中にジロジロ見られていい気はしないだろう。
多少控えないといけないなあ、と思いつつ牛丼を口に入れる。
「そういや今日の資料、明日の午前中までに締め切り早まったの知ってる?」
「ゲッ?何だそれ、知らねえよ!!」
危うく口にした牛丼を吹くところだった。
今朝、部長に言われた大量の資料を明日の朝午前中までに、なんて。
午後からスピードアップしてやっつけたとしても残業は免れない。
きっと大残業になるだろう。
牛丼屋を出る頃には二人の気持ちを代弁するかの様に、どんよりとした
空模様だった。
「ふーー」
大きくため息をついて松浦はバスに乗り込んだ。
午後10時。久々の深夜残業だ。
バスに乗っている乗客も2、3人しかいない。
(いつも残業はするなってうるせえくせに…)
鞄を隣の座席に放ってネクタイを緩めた。
『発車します。お気をつけください』
ふと聞こえた声に、松浦は気づく。
(アイツの運転か)
双海のバスに当たった事に、松浦は感謝した。
アイツの運転なら安心して乗ってられる…
そう思いながら目を瞑ると松浦はすぐ眠ってしまった。
「…さま、お客様」
体を揺すられて、松浦は目を開ける。
「…?」
目の前には帽子を被った運転手がいる。
一瞬、状況が理解できずに頭を振ってみた。
見覚えのない景色、停車したバス。誰一人いない車内。
困惑している運転手。
(…やっちまった、寝過ごした…)
きっと最後、乗客がいないか確認したときに松浦がいる事に気づいた
のだろう。
なかなか起きない松浦を起こしに来たのだ。
(…と言うことはこいつが)
目の前にいる運転手が、お気に入りの双海である事に気づいた。
真正面から見た双海はかなりの童顔で、下手したら大学生に見えた。
「あ、あのすみません。俺寝ちゃって…」
あわてて鞄を持ち、起き上がる。
「大丈夫ですか?かなり寝入っておられましたけど」
いつも車内アナウンスで聞く声だ。おっとりとした、少し幼い声。
「酔ってはないんです…残業で疲れてしまって、つい」
「…ああ、それはお疲れ様です」
双海は微笑みながらそう言う。
いつも降車する時に言ってくれる言葉を聞いて松浦はなんとも言えない
気持ちになる。
「まだ、戻る便ありますよね?この時間だと」
松浦が双海に問うと、頷いた。
「あるにはありますが…」
窓の方を見る双海に、松浦もつられて見る。
「おわっ」
土砂降りの雨が窓ガラスを叩いていた。
そう言えば降水確率が高いと今朝の情報番組で言っていたと気づく。
「傘、お持ちですか?」
双海にそう言われ、持っていないと伝えると運転席に戻っていく。
大きな傘を手にして松浦に渡して来た。
「お使いください」
「え…、でもこれ運転手さんの…」
「僕はこれから車庫に入れたら事務所へ向かうので置き傘があります。
だから使ってください」
この雨の中、傘無しで帰れませんよと笑う。
「…すみません。助かります!すぐ返しますから」
松浦がそう言うといいんですよ、と双海が答えた。
「いつも乗ってくださってるから、お礼も込めて」
風邪ひかないでくださいね、と双海は付け足した。
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