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第4話

そんな出来事があって数週間。 松浦のもとにはあの時借りた傘がまだあった。 なかなか返せない理由はタイミングがあわなかったからだ。 何より最近、双海のバスに遭遇する率が減っている。 他の運転手の運転も悪くはないのだが、やっぱりアイツの運転が一番だなあ と松浦はため息をつく。 バスに暖房が入りだした頃。 いつものように松浦はバスに乗って帰宅していた。 今日は夜半から冷たい雨が降りますと情報番組で言っていたから傘を持っていた。 「松浦、もうこれが最終バス?」 会社の飲み会の帰り道。途中まで同じ方向の大崎と一緒に乗車している。 「ああ、これ逃したらもう終わりだな。タクシーも拾えねえよ」 金曜日の最終バスは乗客も多く、二人は手すりに捕まって立っていた。 「それにしても今日も裕子ちゃん可愛かったなー、彼氏いんのかね」 「裕子って、経理の?お前ああ言う子が好みなのか」 割ときつめの女の子だがそれがたまらんと大崎が赤ら顔で笑う。 意外だったので松浦もつられて笑っていた。 すると、バスが突然急停車し、立っていた乗客の体が揺れた。 「おおお、びびった」 大崎と松浦は思わず前を見る。事故をしたわけではないようだ。 『お客さま、申し訳ございません。急停車にお気をつけください』 その声に松浦が思わず、運転席後ろのネームプレートを見た。 双海淳三郎、の名前に眼を見開いた。 そう言えばさっきから荒い運転だとは思っていたが、自分が酔っているからだと 思い込んでいた。 そうではなかったのだ。 あの双海がこんな荒い運転をするなんて。 「おい松浦?俺、ここで降りるから」 大崎に声をかけられてハッとする。 「あ、ああ悪い。また来週な」 大崎と別れて、空いた座席に座り松浦はジッと運転席を見つめていた。 いつもと違うこの座席からは双海の背中しか見えない。 荒い運転はまだ続いていたが、先ほどのような急停車はもうなかった。 だが松浦はどうしても許せなかった。いつもあんなに優しい運転をしているのに。 酒に酔っているせいか、イライラが止まらない。 傘を持つ手に力が入る。 松浦は自分が下車するはずのバス停を通り過ぎてもそのまま乗っていた。 双海は終点のバス停に到着し、最後の乗客が降りたのを確認してバスを停車させた。 他に乗客が残っていないか車内を見渡した時、松浦が座ったままこちらを見ている ことに気づいた。 「あ、あの…?」 恐る恐る松浦へ近づく双海。 「オマエ、どーゆーつもりなんだよ!なんであんな危ない運転するんだよ」 突然、声を荒げた松浦に双海は驚く。 「お客様…?」 「オマエいっつも丁寧に運転してたじゃねえかよ、なのに今日の運転は何だよ! 客が怪我したらどーすんだ!何が理由でイライラして運転が荒くなったのか知んねえけど 駄目だろ、それ!」 酔いもあってか、松浦は饒舌になり双海に叱咤(しった)する。 驚きつつも双海は松浦の方をじっと見つめていた。 「せっかくオマエの運転、サイコーだって思ってたのに」 「…このために、最後まで残ってくださったんですか」 松浦が双海を見ると、帽子の下の顔が、泣きそうになっている。 「確かに感情的に運転していました。不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません」 「…わかってくれたら、それでいいんだ」 松浦は立ち上がり、双海を置いて颯爽(さっそう)と帰ろうとした時。 「あ」 これが最終バスだと言うことに気がついた。 つまり、戻るバスがないのだ。 格好つけて言ったものの帰りの手段がないなんて (恥ずかしすぎる…!!) 頭を抱えていると、双海が後ろから声をかけてきた。 「…あの、少し待っていただけたら僕の車で送りますよ。今日はもう上がりなんです」 察しの良すぎる運転手に、松浦は耳まで真っ赤になりながら頷いた。

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