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第5話
数分待っていると、制服から私服に着替えた双海が車で迎えにきた。
制服姿でも若く見えていたがさらに若く見える。
恐縮しながら松浦は双海の車へ乗り込んだ。
「さっきはごめん…言いすぎた」
松浦が謝ると、双海は運転しながら微笑んだ。
「いえ、むしろ叱咤していただいて助かりました。確かにプロ失格です。
自分の気持ちを優先してあんな運転をしてしまって」
いつもバスから見る風景が変わって見える。
そう言えばこの車の運転も優しい。
「いつも僕の運転、見てましたよね」
双海のその言葉に、松浦がギョッとする。
「…やっぱり気づいてたの」
「ええまあ…」
気まずくて松浦は顔から火が出そうだ。
「ああ、誤解しないでください。…僕は、あなたが乗ってきて会えるのが
嬉しかったんです」
「へ?」
少しの沈黙。カーラジオから流れるクラシックが夜中の空気を深くする。
「僕、今の路線から担当が変わりそうなんです。…だから、もうあなたに
逢えないかもと思って」
独白に近い双海の言葉を、松浦は怪訝な顔で聞いている。
「単刀直入に言うと僕、あなたに惚れているんです。バスの中でしか会った
事のないあなたに。そのことを伝えたくて」
ハンドルを持つ手が少し震えている。松浦はじっと双海を見ていた。
「すみません…、気持ち悪いですよね」
双海が先ほどのように泣きそうな顔になっていた。
丁度、信号が赤になり車を停車させる。
「…」
何も言わない松浦に、双海は目を伏せる。
不意に、松浦の右手が双海の後頭部を平手打ちする。
「…ってえ、何するんですか」
「なにが惚れただ、勝手に告 りやがって」
松浦の言葉に、双海は身を縮める。
「俺がノンケじゃない可能性は考えなかったのかよ!」
「…え?」
双海は驚き松浦を見た。
耳まで真っ赤になっている松浦が何か言おうとした時
信号が青になり、後続車にクラクションを鳴らされて慌てて発車した。
「俺、オマエのバスに乗れた日は一日中嬉しかった。仕事も頑張れたさ。
あの時借りたこの傘だって、返せたはずなんだ。だけど返さなかったのは…」
真っ赤になりながら松浦はそのまま双海に言う。
「オマエが好きだからだよ、だから返さなかったんだ」
双海は運転しながらも松浦を見た。
「ああ、危ねえよ!どっか止めろよ!」
少し言った先の空き地に、双海は車を止めた。
松浦の言葉からここに停めるまで、双海らしくない荒っぽい運転だった。
「…ホントなんですか、さっきの話」
双海がじっと松浦の顔を見つめる。帽子をかぶっていない素の双海を初めて見た。
松浦はふと笑いながら双海のおでこに頭をつける。
「俺もオマエもお互い何も、知らないけどさ。知らないのにさ、両思いなんだよ」
それってすごくないか、と言う松浦に双海がまた泣きそうな顔をしながら笑う。
「…とりあえず、お名前、教えてください」
「松浦崇 だよ、よろしくな双海淳三郎くん」
名前を呼ばれて、双海は一瞬驚きその後声を出して笑った。
「ネームプレートまで見てたんですか」
ひとしきり笑った後に、ふと二人の視線が絡まる。
どちらからとなく身体を近づけて唇を重ねた。
松浦の手がそっと双海の顔を包む。
「ん…」
唇を離し、松浦がふと聞く。
「そう言えば今日は何で機嫌悪かったの」
「…ま、松浦さんが一緒に乗ってきた人と仲良くしてたから…」
「はあ?大崎のこと?!」
何と、双海のイライラの原因は俺だったのか、と唖然 とした。
「だって、すごい楽しそうだったから…」
下をうつむきながらそう言う双海。
「そ、そうか…なんかかえって悪かった…」
松浦が謝ると双海はとんでもない、僕が勝手に思っただけですから!と笑う。
ふと、今度は双海から腕を伸ばして松浦の顔を近づけて唇を重ねた。
少し開いた口からは舌が滑り込む。
お互いに舌を絡めながら深く深くキスをする。
「う…、ん…」
そっと松浦がシートを倒そうとして、双海がその手を制した。
「松浦さん、こっちハンドルがあるから邪魔だし…、それに僕」
入れられる方じゃないんだ、と双海。
「…奇遇だな、俺もだよ」
つまり両方が『タチ』なのだ。
ここばかりは奇跡が起こらなかったようで…
「どうしますか…」
「…じゃんけんで決めるか」
松浦がそう言うと、双海は笑いながら答えた。
「望むところです」
なにこれから時間はたっぷりあるのだ。今から考えて行けばいい。
二人は笑いながらキスをした。
まだお互い何も知らないけれど、これからたくさん知っていくのだと思うと
背中がゾクゾクした。
こんな出会いなんて、そんなにあることじゃない。
神様に感謝、だ。
【了】
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