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その後ー3

翌日、営業所に向かうと所長から呼び出しを受けた。 北田が体調を崩してしまい、代わりに彼が担当している路線を2.3日担当して欲しいと頼まれたのだ。 その路線は以前にも担当していて慣れていたこともあり代理で担当する事にした。 「助かったよ、双海。その代わり、北田が出勤してきたら休暇取ってくれよ」 最近休み少ないだろ、と所長から言われ苦笑いする。 バスの運転手は中々休暇が取れない上に、朝早かったり夜遅かったりが続く事が多い。 まだまだ下っ端の自分は休暇が取りにくい。 「北田さんにはお世話になってますから、僕でお役に立てれたらそれでいいんです」 「おお、北田が聞いたら泣いて喜ぶぞ」 わはは、と所長が大笑いする。 そろそろ山間部の路線ではチェーンを巻いて走る日が増えてきたこの頃。 北田の受け持つこの路線はまだチェーンが要らない地区だったので正直ホッとした。 昼間の便だと乗ってくるのは学生と、主婦だ。 楽しそうな学生の声を聞くと青春だなあ…とついつい笑いそうになる。 双海はバスの中で感じられるお客さんの気配が好きだった。 笑っている人がいれば嬉しくなるし、辛そうな人がいれば心配で声をかけたくなる。 (そういえば) 松浦が眠りこけて大雨の日に初めて話した日を思い出した。 あの時は、平静を装うのが大変だった。 つい思い出し笑いをしてしまい、一人慌てる。 大きなビルの谷間を走りながら、交差点で信号待ちをする。 『お立ちになられてるお客様、手すりにお捕まりください』 車内アナウンスをしながら、交差点を行く人々を見ていた。 ふと、その中に松浦に似た人を見つけて思わず目を見開いた。 グレーのジャケットに、紺色のネクタイ。 久しぶりに見た松浦本人だ。 (外回りかな) それにしてもラッキーだと、歩いて行く姿を見ていた。 すると隣から女性が肩を並べて歩いている。 何やら資料のようなものを持っているから同僚であろうか。 話し込みながら、ふと二人が笑いあっていた。 それは何気無い、日常の光景だったのだろうけれど。 今の状態の双海には、十分すぎるほどの(やいば)となった。

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