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第33話 契約
翌日、康太が学校が終わる時間に合わせて
神野は学園の駐車場にやって来た
康太は力哉の車で、飛鳥井建設に向かう
飛鳥井建設の地下駐車場に車を停めると
神野は来客用のスペースに車を停めた
そして一緒に最上階まで上がり、玲香の部屋のドアをノックした
ドアを開けた玲香は笑っていた
部屋の中には副社長の瑛太の姿もあった
康太達が部屋に入って直ぐ、電気が消され
壁をスクリーンにして、隼人のCMが流された
隼人は木のフローリングで寝そべっていた
白いシャツの胸をはだけて、寝そべりながら子犬と戯れていた
子犬を高い高いする隼人の笑顔に……
神野も小鳥遊も目を見張った
そして隼人は子犬を床に置いて、素足のまま、窓に近寄り……窓の外を眺めた
窓の外は、木枯らしが吹いて、秋から冬へ変わる……そんな寒さを感じさせる映像だった
子犬がワンワンと隼人を呼ぶ様に吠えると、隼人は振り返り、笑った
15秒と、30秒のCMだが、一条隼人の魅力を惜しみ無く引き出した…文句なしの作品だった
見た後、神野と小鳥遊は溜め息をついた
そして神野は康太に問い掛けた
「これは康太が?」
「そう!プレジデントマンションの最上階で撮影した
彼処は床暖房だかんな。
まぁ撮影の時は床暖房は辛い暑さだったかんな、入れてねぇ
そして窓の外の映像は製作会社に依頼して作らせた。
んでもって、隼人と一緒にいる犬はオレの犬だ!」
康太がカメラを向けたから、こんなに魅力的な顔を向けたのだ
子犬との映像も違和感のない出来映えになっている。
なにより、はだけた白いシャツから、見える逞しい体が……隼人のイメージを変えていた
飛鳥井玲香から提示されたCM契約料が、破格で、神野は即了承した
「但し、CMの契約期間は一年間。
通しの金額だぞ。よいのか?」と玲香に念を押された
隼人のイメージが上がり、一年間使ってもらえるなら、文句はなかった
神野は契約書に判を押した
康太は神野に、隼人の契約は飛鳥井の家でな…と告げた
日曜日の夜7時頃
飛鳥井の家へ、一条小百合と、隼人の兄の雅人と、隼人の妹の麻里衣がやって来た
小百合も雅人も麻里衣も初めてのお宅で緊張していた
小百合の家族と、飛鳥井の家族が見守る中
契約書の作成をする
神野と小鳥遊は、両家に契約内容を話し
契約書を提示した
契約金やその他は省き、隼人との新しい仕事の前に、隼人の契約書の作成が行われた
今回の契約書には両親の同意の欄を作った
隼人の産みの母の一条小百合と
育ての母の、飛鳥井康太のサインを書く欄を。
小百合と、康太は、神野の事務所との契約書を交わす承認としてサインした
隼人も、神野の芸能事務所のタレントになる承諾をするサインをした
「これで、一条隼人は、正式にうちのタレントになりました
小百合さん、康太さん、貴方達の大切な息子さんを、預からさせて頂きます。」
神野は深々と頭を下げた
これで、正式な雇用主とタレントと言うカタチになり、隼人は安心した顔をしていた
康太は隼人に
「隼人、契約は終わった
お前の目の前に、お前の母もいるし、兄弟もいる、話をして来い
そして、お前はその目で知ると良い
行ってこい」
と、声をかけてやった
すると隼人は、躊躇しながらも……小百合と兄弟の方へ行った
康太はそれを見守ってやった
隼人の大切な一歩を、親として、見届けてやった
雅人は別れて以来初めて、目の前にいる弟隼人を捉えて、感激していた
一条雅人は小百合似と言うよりも父親似で‥‥何処か神野に似ていた
雅人はずっと弟に逢いたかった
だが、母は言った
『隼人は…私達を憎んでいるのだ…
多分、逢ってはくれはしまい…』と。
血を分けた弟だった
家にいた時は、構って抱き締めて大切にして来た、弟だった
ある日突然、目の前から弟が消えた
雅人は、その日から消えぬ喪失感を埋めるかのように、隼人を抱き締めた
「隼人……お前が家にいた時は、泣けば抱き締めてやったのに……
時々見掛けるお前は、心を無くして……
感情すらなくて、俺は声すら掛けられなかった。
だけど今!こうしてお前を抱き締められて、俺は嬉しい。
隼人、お前は俺の弟だ。
やっと抱き締められた。」
雅人は、隼人を抱き締めたまま、康太に顔を向けた
「君が、隼人を、俺達に返してくれたんですね……ありがとうございます。」
雅人は、康太に頭を下げた
「雅人、お前の弟だ
血は濃い
お前等の繋がりも、その血の様に濃くなり、何時か完全な形になる
だから手離すなよ。」
「はい。もう手離しはしません
隼人は俺の弟です
もう黙って見ているだけなんて絶対にしません。」
康太は何も言わず微笑んだ
逢えなかった時間を埋めるの様に、話をして抱き締めた
隼人の妹の麻里衣も、隼人の側に来た
隼人は麻里衣が産まれたのも知らなかった……
同じ父を持つ妹……
隼人は……少し戸惑った
「お兄ちゃん。麻里衣とも話して
これからは話しかけて……ねっ、お兄ちゃん」
そう言い、麻里衣は隼人を抱き締めた
麻里衣は小百合に似た臭いがした
隼人は兄弟に打ち解け、楽しそうに話をしていた
そして、その場には、康太が約束した通りに、蒼太と矢野宙夢が招かれていた
矢野は、宿題の宝石を幾つか持って来た
康太はそれを、神野と小鳥遊に渡した
「この方が約束の?」
「そうだ。お前の目で確かめろ
そして納得しろ。」
康太がそう言うと、神野と小鳥遊はプロの目で宝石を鑑定し始めた
神野は「申し分ない。貴方の言う様に、早目に専属を御願いしたい。」と申し出た
康太は蒼太に、向き直った
「蒼太、飛鳥井家の現真贋からの、言葉だ
その耳をかっぽじって聞きやがれ。」
蒼太と矢野は、康太の膝元まで行き跪いた
「矢野、お前は一条隼人の専属ジュエリーデザイナーに収まり、名を馳せろ。
一条隼人の専属になれば、名は売れる
だがな、専属と言うのは、幾ら名が売れても、隼人を総て優先に仕事をせねばならねぇ
そこを弁えて、返事をしろ。」
康太はそう言うと、黙った
答えは、二人が出さねばならぬから……
矢野は「一条隼人の専属……」と、呟いた
「僕のような無名で良いのですか?」
康太へ矢野は尋ねる
康太は何も答えない
小鳥遊は矢野に声をかけた
「専属と言うのは、隼人のその時のイメージに合わせて作って貰ったり
時には、急がせたりする時もあります
総てが隼人優先の仕事になります
だけど、アトリエを持ちスタッフを持てば
一人でやる所を、分担出来るので、引き受けて欲しいのですが、駄目ですか?」
「僕の創るので大丈夫なんですか?」
「君を専属として行きたいのですが?」
案外、小鳥遊と宙夢は話が合う…と、康太が言っただけあって、二人は結構最初から打ち解けて話を始めた
神野は蒼太に話し掛けた
「瑛太の弟?」
飛鳥井の家で神野は蒼太は見ていなかった
「そうです。顔は僕は母に、兄は父に似てるので、似ていませんが…」
蒼太は苦笑した
「康太が愛に生きた…と、俺に言った…
康太は飛鳥井の為に命をかけて…お前は愛の為に命をかけて……飛鳥井は皆真剣だな。」
「馬鹿な奴ですがね」
「俺は馬鹿な奴程大好きだ
康太が蒼太との方が気が合うと、言ったが、本当だな。」
「僕は宙夢を支えたい
でも、僕が支えると3年は持たないそうです……康太に言われました……」
蒼太が残念そうに肩を落とすと、神野はポンと肩を叩いた
「康太はキツいが間違った事は言わねぇ
此処は康太の言うことを聞いとくに限る」
「そうなんですよね。」
「俺で良ければ相談に乗るし
一緒に遣ってかねばならないみたいだしな、仲良くしよう。」
蒼太は神野の差し出した手を、取って固く握り合った
「宙夢、隼人の専属になるか?」
頃合いを見て康太が話し掛けると、矢野は康太の方を向いて
「それが、君の言ってた指針を用意してやる……って事?」
「そうだ。お前はまだまだ腕を磨き、名を売れ
だが、お前は名が売れて、隼人を疎かにした時は、見切られる
隼人を中心にお前がいる
それがオレの示す、矢野宙夢への指針だ
それを違えぬのなら、専属の道を用意してやる。」
康太が言うと、矢野は床まで着く程、頭を下げた
「ジュエリーデザイナーとして、食べて行けるだけでも、幸せなのに……
自分で作った作品を、一条隼人に着けてもらえるなんて……光栄すぎます
是非僕に専属にならせて下さい。」
康太は「解った。」と言うと、力哉に書類を取りに行かせた
「神野、専属の契約も今此処でやれ。」
康太に言われて、神野は書類を出す
「宙夢、蒼太、座って契約書にサインしろ」
言われ、契約書を見る
それを確り見て、納得して、矢野はサインした
そして、蒼太も、サインした
康太は、蒼太と矢野がサインするのを見届けると
応接間に戻って来た、力哉から書類を渡してもらう
「蒼太、結婚祝いだ、受け取れ!」
その書類を、蒼太に渡した
蒼太は、書類の封筒を開けて……言葉を無くした
「康太……これは?」
「アトリエが必要だろ?
だから、オレの金で買ってやったんだ
飛鳥井の金じゃねぇ
飛鳥井康太の資産で、結婚祝いをしてやったんだ。受け取れ」
蒼太は封筒を抱き締め……泣いた
封筒の中には、神野の新社屋のテナントの購入した権利書と
最上階のマンションの購入した権利書が入っていた
それを康太の資金で出したと言うのだから…
…無理をさせたのは、解る
蒼太は、その封筒を瑛太に見せた
瑛太は封筒の中を見て、康太の蒼太への愛を知った
「矢野、飛鳥井から五分の所へ住め
そして、そこにアトリエと住居を持て
一応、飛鳥井を出るのだから、住み分けだ
蒼太の退職金も底を着きそうだろ?
10月から隼人が仕事をする。
そしたら矢野も仕事をして、稼げ。
それまでの金だ。」
康太は分厚い封筒を蒼太に渡した
蒼太は首をふった
康太は隼人を抱き締め、蒼太に言った
「一条隼人は、飛鳥井康太の宝
そして飛鳥井家 真贋の長男
隼人は今に誰もが知る役者になる男だ
その隼人に相応しいモノを作れ
そして、オレへと還せ
オレに還れば、飛鳥井の家に還る
強いては飛鳥井の家の為になる
その投資だ
飛鳥井の家の金じゃねぇ
オレの……真贋の力量だ
黙って取っておけ
そして引け目は感じるな
お前はオレに還す事だけ考えれば良い
飛鳥井の家の事は考えなくて良い」
蒼太は矢野を抱き締め泣いた
捨ててしまって……行くつもりだったから
何もかも捨てて、行くつもりだった
だけど、何処かで、康太の側にいて
繋がっていたかったのかも知れない
捨てきれない想いがあった
餓えた弟を、全身の愛で支えた想いまでは捨てきれなかった
弟を誰よりも愛していた
その弟を一生見れない世界へは行けなかった
未練だった
その未練事、康太は拾って、道を作ってくれたのだ
康太は玲香に声をかけた
「母ちゃん、飲むもんよー
飲めば見える事もある
そうだろ?じぃちゃん
飲め。そして解り合え
そしたら明日へ繋がる何かが見える」
康太がそう言うと、玲香はデリバリを頼み、宴会に突入した
瑛太も蒼太も、神野も盛り上がり酒を酌み交わす
小鳥遊も矢野も、酒を酌み交わし
入り乱れ話に花を咲かせる
玲香は子供を再び失う事なくカタを着けてくれた康太を、何も言わず……抱き締めた
住み分け……それで飛鳥井の掟は守れる
康太は玲香を抱き締め、離すとサンルームへ向かった
月がとても綺麗だったから
宴会は盛り上がり、神野は飲めば解ると言われた通り、杯を酌み交わし、飲んだ
飛鳥井の家は、大変な盛り上がりで……
夜も更けた
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