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第39話 悲しみの果て
悲しみの果てに……
写る瞳に………
お前は何を見る………?
朝方…康太は涙を流して……眠っていた
止めどなく……その涙は流れ……
榊原を濡らして流れて行った
榊原は、堪らなくなって康太を起こした
「康太……康太……僕が側にいます…泣かないで……」
康太は瞳を開けた
涙で榊原の姿が……歪んで見えた
「伊織……お願い……オレをギュッと抱き締めて…」
榊原は、康太を持ち上げ膝の上に乗せると
ギュッと抱き締めてやった
「伊織……オレは今日は、学校へは行かねぇ」
「なら僕も行きません
君と共に僕はいます」
「なら……一緒に行って欲しい場所がある」
「良いですよ
例え地獄でも君と僕は共にある 」
康太は、榊原の胸に顔を埋めて泣いた
「伊織……」
榊原は、康太の頬に手をあて顔を上げた
「泣かないで…君に泣かれたら僕はどうして良いか解らなくなる。」
榊原は、康太を抱き上げ浴室に連れて行くと、体を洗い支度をした
制服ではなく、私服を康太に着せ、榊原も支度をする
そして、外出していた分の洗濯と掃除に勤しみ、部屋を磨いていく
玄関もキッチンも応接間も、階段も、自室のリビングも、寝室も
榊原は掃除機をかけモップで磨きあげ、綺麗にする
そして、気がすむまで掃除をすると、キッチンに下りて行った
キッチンに現れた康太と榊原は、制服ではなく私服だった
一生は「今日は休むんか?」と尋ねた
すると康太は……止まらぬ涙を流しながら‥‥泣いていた
榊原は、康太を抱き締め膝の上に乗せた
「今日の康太は感情のコントロールが出来ません。
すみません、休みます。」
康太は榊原に縋り着いて泣いていた
榊原の指が優しく康太の背中を擦る
涙が止まると榊原は、椅子に座らせ、食事を取らせた
康太の瞳は果てを見ていた
一生を通り過ぎ……果てを見て……涙を流し
ご飯を食べていた
榊原は、さっさと食事を済ませると
康太を膝に乗せた食べさせた
榊原の指が康太の瞳を塞ぐ
塞がれた掌の下から……涙が流れて落ちた
榊原は、耐えられず、康太を抱き上げると
一生に後お願いします…と頼み、キッチンを後にした
寝室のベッドに、康太を下ろすと、榊原は鍵をかけた
ベッドに凭れかかる榊原の膝の上に康太を乗せ、榊原は康太が落ち着くのを待った
何も言わず、優しく康太を抱き締める
愛する男の腕が嬉しかった
「伊織、聞いてくれるか?」
「話せるな聞かせて下さい
君の心の重りを吐き出して…」
「皆川……慎一……と、言う男が生きてきた人生をお前も聞いてくれ……」
榊原が頷くと、康太は静かに話始めた
「小学生になる頃までは、慎一には両親が揃って幸せな家庭を送っていた
何処にでもある家庭で、平凡に暮らしていた
だが、小学校に上がって直ぐの頃……
両親は何時も喧嘩をするようになった
……そして離婚
離婚した、翌年……母親は死んだ
慎一が発見した時には……母親は浴槽に手首を切って突っ込み冷たくなっていた
僅か10歳の子供が天涯孤独になり、他人の中で生活して育った……
16になる頃には、手の着けられない悪になっていた
勝手に施設を出て、それからは落ちていく人生だった
生きてく為に利用されて………
犯罪に手を染め…血を吐き
孤独と戦い、そして少年院に入れられた
慎一は肉親が欲しかった
抱き締めてくれる……人肌が欲しかっただけなのに……
大人に利用され、踏みにじられ、鑑別所に入れられ、少年院に入れられ…
愛した人がいなかった訳じゃないが‥‥
孤児にくれやる娘はないと引き裂かれ‥‥何処まで行っても運命は慎一には味方してはくれなかった
そして、慎一は人を憎み、親父を憎み、親父を盗った家族を恨み……
憎しみの鬼になって生きている
仕方ねぇよな…総てを奪われて……憎むなって方が無理だろうが‥‥
そして慎一は初めて知るんだ
同い年の兄弟がいる事を……
そして憎しむ相手は、既に鬼籍の人だと……
慎吾が依頼した弁護士が、慎一が18になったら教える様に依頼した
慎吾は……罪を我が身で受ける覚悟だった
そして、慎一は……慎吾の思い通り……
…今いる人間を困らせ…復讐する事しか生きてるしか術を見出だせなくなっている…」
康太は涙を拭って
「復讐の鬼になって……果たしたら死ぬんだ
死ぬ切っ掛けが欲しいだけだ……
それが、皆川慎一…と言う、男の生きて来た総てだ」
榊原は、そんな絶望の日々は知らない
想像しようにも、考えもつかない……孤独
この世に…誰も知らぬ世界に唯一人
親も兄弟も…友人も…何もいない世界
そんな孤独を抱えて……復讐の為だけに生きているのか?
親を無くし……目の前で……母親が死に……
堕ちるだけ堕ちても……差し出してくれる手すらなかったのか……
何と言う酷いことをしたのだ……
榊原は、康太を抱き締めた
「その人は……一生の兄ですか…」
榊原が問うと………康太は頷いた
榊原は康太の肩に顔を埋めた
それを知ったら一生は……どうするのか
考えるだけで……怖い
慎一と言う人間の事を考えると……
果てしない闇に包まれる
「 緑川慎吾は罪を作って、この世を去った…。
離婚の原因も…愛人の女が時を同じくして妊娠し……
子供を生んだ事実に激怒した事だ
当たり前だよな……同じ学校で同じクラスいたなら……バレるに決まっている」
康太は……愚か……だと、言った
だが、その愚かな事を子供にさせたのは……親だ
「今日…本人を見てくる…
一緒に行ってくれねぇか……」
榊原は、康太を抱き締め……
「君と共に行きます。」
と、答えた
「一生には……帰ってから言う……それしかねぇからな。」
「康太……」
榊原は康太をキツくその腕に抱き締めた
言う康太も辛く……
聞く一生の苦しみは想像を越える
そして何より……復讐などせずに……
生きて欲しい……そう願うのは、不幸を知らない人間の傲りか……
昼近く一階に降りると、一生が待ち構えていた
朝の康太の姿に何かを感じた一生は、学校へは行かなかった
「康太、俺は何があってもお前がいる
アイツ等がいる、だから…俺も連れていけ」
一生の瞳は覚悟を決めていた
康太は一生を見て、目を瞑った
そして息を吐き出して
「これも定め……知る運命…罪だな
オレは緑川慎吾を恨みたくなる……」
康太の呟きに、一生は康太を抱き締めた
「連れて行け康太!
俺をお前の果てに連れて行ってくれ。」
康太は一生を引き離すと、目を開けた
「オレが指示するまでお前は決して動くな!
守れるなら連れて行く
守れぬなら置いて行く。」
「俺が、お前の言う事を無視した事があるのかよ。」
「ならば良い……」
康太は靴を履くと、歩き出した
飛鳥井の家の外には、聡一郎も隼人もいた
「連れてけ、康太
オレ様も連れて行くのだ。」
隼人が康太の後ろを歩く
「僕も置いてかれたくはないです。
僕達は共にある。
そうして生きて来たんじゃないんですか?」
聡一郎も、康太の後ろを歩いた
康太は、神野の新事務所の建設現場にやって来た
康太はその前で止まり……一人の男を眺めていた
汗を流し、働く男に、視線は釘付けになった
その姿……緑川一生に酷似していて……
同じ父を持つのが一目瞭然だった
康太は静かに一生に話した
「5日前、あの男は、銀座のクラブでボーイをしていた。
そこで、犯罪スレスレの仕事をしていた。
九頭竜遼一に頼んで、そこから、引っ張って来てもらった……」
と、静かに話し出した
5日前と言ったら……康太は弾丸に撃たれ……傷を負っていた頃だ……
怪我をしつつも……一生の果てを見て……
慎一を、助けてくれと依頼したと言うのか…
「名を、皆川慎一……と言う
慎一の家族はもういない
慎一は、10歳になる頃には施設で育った
母親は……風呂場で手首を切って死んだ…
慎一は……再婚した父親の所へ行くのを拒み……施設へ行った
だが……心の闇は誰にも埋められず……
慎一は、鑑別所、少年院…繰り返し…大人に利用され裏切られゴミみたいに捨てられ堕ちた……今じゃ憎しみしか残ってねぇ
きっと……一生に復讐が出来たら……
アイツは死ぬ理由が出来たと、死ぬんだ
慎一の心の中は空だ
何も入ってねぇ
一生、お前の母親が、慎一の家族を崩壊させ、アイツを、落とした事実は変わらねぇ
本妻の子供の慎一と
愛人の子供のお前が…
ほんの数ヵ月しか違わず
同じクラスで勉強していた事実もある事は忘れるな
罪を作ったのは緑川慎吾、お前の親父だ
そしてそれを壊したのは、緑川綾香、お前の母親だ。それは忘れてやるな。」
一生は…静かに聞いていた
そして、康太の見る瞳の先に視線を重ねた
知らずに来たのは……罪か?
知らなかったのだ……
知らずに暮らした日々……
その間に……地獄に生きた肉親がいた
地獄に生きて……憎む事でしか…
自分を保てなかった……
なんて悲しすぎる……
一生は、自分に酷似した人間を知っていた
桜林の幼稚舎から顔を合わせていた……
そして同じクラスだった時があったから……
慎一の母親は、父と同じ学校に通わせ
一生の母親も、父と同じ学校に通わせた
どちらも慎吾を愛し……父と同じ道を歩ませたかった……
罪を作りながらも……慎吾は二人の女を愛した
愛して……そして……どちらかを捨てた
捨てた理由は、自分の夢を一緒に生きてくれるかどうか…
そして慎一の母は捨てられた
母さえ現れなければ……幸せに暮らせたのか?
親父……貴方は……地獄に堕ちろ!
一生は、泣いていた
聡一郎も隼人も泣いていた
「康太……俺はどうしたら良い?」
牧場をくれてやるのは容易い
だが欲しいのは……
そんな事ではないのだろ?
「俺は親父を尊敬していた……だが今は
地獄に堕ちれば良いと……思う!」
「一生……慎吾を恨むな……
今更……陥れてやるな……
先を見ろ…一生
オレ達は生きているんだ……先を見ろ」
康太は一生を、抱き締めた
そして、榊原を、見て
「伊織…一生を、叩いてくれ……
今更……後ろを見て…… 誰が報われる?
オレはお前を殴りたくても……
殴れも出来ねぇ
無駄にデカ過ぎなんだよ。」
康太は掴んだ一生の胸を……叩いた
康太の背では……一生にビンタは出来ない
榊原は、一生の頬を叩いた
「康太は、お前に親父を憎ませる為に此処へ連れて来た訳ではない!」
榊原は、ピシッと一生に言い聞かせた
「よぉ!康太。どうしたよ?」
九頭竜遼一が、康太の存在に気が付き、近寄ってきた
「遼一…無理を言ったな…… 本当にありがとう。」
康太は遼一に頭を下げた
遼一は、康太を慌てて止めた
「よせ。謝るな
オレはお前に救われた。
そして拾われた
だからお前の為なら…何でもしてやりてぇんだよ!だから謝るな」
康太は遼一を見上げて、頷いた
「連れて行く…
慎一のいる場は此処じゃない…」
康太の言葉に……遼一は、静かに目を瞑った
「お前に還してやる……」
遼一はそう言い、現場の方へ行った
そして、慎一を連れてきて、康太に渡した
「慎一、オレと来い!」
慎一は康太を凝視し、その後ろにいる人間に目をやった
「一生……?」
慎一が、一生の名を呼ぶ
「そうだ。緑川一生
年は同じだが、一生の方が生まれは遅い。
お前のこの世で唯一の肉親だ。」
康太の言葉に……慎一は、一生を見た
目の前の一生は、穢れてなく、綺麗で、強い生き物だった
そして何より愛されて育った……生き方をしていた
「そうか…」
慎一は、そう呟き……目を閉じた
「慎一、オレと来い
遼一には了承を取った 」
康太はそう言い、慎一の腕を掴んだ
抵抗しょうとすると捻り曲げられる力強い腕に
慎一は動きを封じられ、着いていくしかなかった
康太は飛鳥井の家へ、慎一を連れてやって来た
応接間に通すと、その腕を離した
そして康太は何時もの席に座った
立ち尽くす慎一を、一生は座らせ
その横に一生は座った
「皆川慎一、話し合いをしょう。」
康太は言い放った
慎一は康太に向き直ると、不敵に笑った
「あぁ、良いとも!」
無くすものなんて何もない人間の吐く台詞だった
「緑川牧場は、1億の借金を、飛鳥井康太にしている
遺留分を取るのなら、借金も背負う事になるのだぞ。」
「借金?何故?借金なんて?」
「緑川慎吾が夢半ばに鬼籍の人となったからだ!
生きてれば減価償却出来たかも知れねぇが、現実はその投資に、農園が立ち行かなくなって倒産している。」
慎一は信じられない顔をして康太を見た
「お前は不幸の中で……足掻き苦しんだ…
もう、その中から出て来ねぇか?」
康太が慎一に近寄り、その頬に手をやると
慎一はその手を跳ね返し…突き飛ばした
康太の体が軽く飛ばされ……壁に当たって止まった
「てめぇ康太に何すんだよ!」
一生が慎一の胸ぐらを掴んだ
康太は起き上がり、一生を止めた
「止めろ!一生、止めろ。」
一生は、慎一の胸ぐらを、離した
「慎一、慎吾の初めの子供だから
自分の名を一文字取って付けた
一生は、慎一の名前の一文字取って名前を付けた
何時か……自分の置いていく罪が解った時に…………
兄弟で解り合って欲しいから、名前を絡めた
慎一は一生と出逢い兄として生きて欲しいと願い、慎一と名付け
一生は慎一を支えて生きて欲しいと、一生と名付けた
緑川慎吾は己の命が尽きる事を悔やんでいた
死は待ってくれねぇ現実で、遺す我が子の心配をして死んで逝った
何時か……オレに息子達を導いて巡り会わせてくれと、託された
慎吾の想いだ。」
慎一は唖然とした
一生は瞳を閉じ、罪を噛み締めた
「慎一、一生はのうのうと幸せに生きて来た訳ではない
中学入学と同時に、桜林の寮に放り込まれ
親とは離れて生きてきた
母親は慎一の家庭を壊した事をずっと悔いて生きていた
だから我が子を愛したら‥‥報われない子に申し訳ない
そんな想いで突き放して生きて来たんだ
そして一生はどうしょうもない、学園の嫌われ者に成る程、荒れて理不尽な現実に一生は親を憎んでいた
当たり前だ
何も告げず、寮へ放り込んで帰ってくるな……と、言われればな
決してお前が不幸な時に、幸せで家族団らんをしていた訳ではない
慎吾はお前の母親が死んだのは知っていた
綾香はお前の母親の墓を建てている
後悔と罪を感じているのは、慎吾も綾香も同じ
何も感じず生きてきた訳ではない
そして何時か、お前から復讐されるのも知っていた
それを知っていて、慎吾は死んだ
自分の亡き後、オレがそれを見るのを知っていて、アイツは死んだんだ!」
康太の言葉を慎一は、静かに聞いていた
「慎一、お前の人生は…果てしのない闇しかない
信じても裏切られ、踏みにじられ利用され捨てられゴミのように捨てられ……
地面に這いつくばって生きてきた
それを今は亡き慎吾が知らないと思ったか?
我が子が堕ちていくのを、知らないと思ったか?
慎吾は知っていたんだよ
知っていたが、一生と綾香に苦しみを押し付けられず、一人で逝った
お前の所へ言った弁護士はな、緑川慎吾が依頼した弁護士で、お前が18になったら、全てが解るように依頼した時限爆弾みたいなものだ
お前を探すのに手間取って、18の誕生日には間に合わなかったがな。
そして、慎吾の想いはオレに託された
オレはお前を緑川の名を名乗らせる
緑川慎一として、一生と共に生きるが良い」
康太が言うと、慎一は怒鳴った
「勝手な事を言うな!」………と。
遣りきれない想い……
こんなに苦しんで地獄の世界で足掻いて生きてきたのに……
目の前の弟も………幸せでなかった?
そう言えば……母親の墓など、何処に有るかさえ……知らない
一生は、慎一を抱き締めた
「俺を恨んで生きてくれ
お前が死ぬのなら俺も殺せ。」
ほんの……数ヵ月の違いの弟だった
康太は慎一の瞳を貫く
「此処を去った後……お前は喜んで自分を殺すんだな……
弟の邪魔にならぬように、死を選ぶんだな……お前に着いてる死相は消えぬ」
康太は淋しそうに、言葉を発した
一生は「お前が死ぬなら、俺も一緒に行ってやる。」と、言った
康太は、一生を、見詰め
「ならば、オレも逝かねばな
オレ等は一蓮托生
お前がオレと共に生きているように、オレもお前達と共に生きている
お前が死ぬのなら、この場にいる全員、お前と逝く道を共にする
オレは我が伴侶と死ねるなら本望
迷いはせんわ。」
康太はそう言い、榊原に抱き着いた
聡一郎も
「一生、あの世でも四悪童は健在
一人でも欠けたら、それは四悪童に非ず
僕の命は康太と共にある。」
と言い放った
覚悟を決めた瞳は、揺らぐ事なく、慎一を貫いていた
隼人も
「オレ様も共に行く。
康太のいぬ世界に、オレ様は生きる術は見出ださぬ。
オレ様も四悪童、共に逝かねば名が廃る。」
と、慎一を貫き、離さなかった
慎一は……覚悟を決めた瞳を見続けた
どの瞳も…揺らぎない覚悟を決めていた
「俺の為に死ぬな……」
慎一は……呟いた
一生は「ならば、お前も死ぬな!」と力強い声で言った
慎一は、康太を見た
「俺は生きるのか……生きて良いのか?」
康太は慎一の側に行くと、抱き締めてやった
「人の受ける、不幸も半分
幸せも半分
お前の不幸は終る
後は幸せが待ってる
人間は不幸な日々ばかりは来ない
だが、お前がそれを受け入れねば、お前は不幸なまま死んで行く
認めろ……そして許せ。
お前の父親は罪ばかり作った
だが、何も知らず死んだ訳ではない
何時かお前に裁かれる日を自分で用意していた
その前に死んでしまっただけだ
悔しくて…辛かったのは慎吾だ
罪を一生に渡してしまったんだからな
オレは人の果てを見れる。お前の果てを見ている
お前は今、揺れている。揺れて、進むべき道を探っている
片方は死に逝く道へ……。
そしてもう片方は、生きて自分を探す道へ……
岐路に立ってお前は迷っている
慎一、目の前の男の手を取れ……
その男はお前と同じ血を持つ、お前の弟だ」
「俺の……弟?」
「同じ父の血を受け継ぐ、この世で唯一人のお前の肉親だ
生きろ!慎一
兄弟力を合わせて生きてくれ……
それこそがお前の父親の望みなんだならな!」
慎一は、康太に抱き着いて泣いた
泣いた事なんか……子供の頃以来……
泣いていたら……生きられないから……
「俺は誇れる兄じゃねぇ……
名乗らずに消える……」
「慎一、誇れるように今からなれ
過去は捨てろ。」
「言うのは容易い……」
「捨てるのも、容易い
人とは、そうして生きて行くものだ。」
「俺の過去は消えねぇ……
犯罪も消えねぇ……」
「ならば、この先、恥じぬ暮らしをすると良い
オレは綾香にもお前を託されている
慎吾にも託されている
消えられたり、死なれたりしたら、恨んで出るに決まっている。」
「………お前には勝てる気がしねぇ」
康太は慎一の頭を殴った
「当たり前だ
オレは家の為、仲間の為、伴侶の為に生きている
オレに勝つには半世紀早いわ。」
康太は慎一を離した
一生が慎一を抱き締める
「慎一、学校に通え
緑川慎一として、父親の通った学校に通え」
「……俺、勉強は…出来ねぇし
このままあの現場で働く。」
「それは無理だ
お前は慎吾のサラブレッドを作る夢の加担をせねばならぬからな。
学校に通い、馬を習え
遣らねばならぬ事が山積しているぞ
お前は寮へ行くか?
一生と共に住むか?決めろ…」
「ちょっと待ってくれ!考えさせてくれ」
慎一が言うと一生は「嫌だ!」と答えた
「考える時間を与えたら、やっぱ良い何て言うに決まっている。」
「…………ちぇっ……」
拗ね方も一生に似ていて、聡一郎は慎一に抱き着いた
外人の綺麗な顔に、慎一はドキドキする
「一生、そっくり
しかもこっちの方が素直かも。」
「聡一郎、欲しいか?」
康太が問う
「一生は僕の親ですよ?
親はもう良いです。」
と、聡一郎は辞退した
「さてと、綾香を呼ばねばな。」
康太が呟いた
一生は、その言葉に康太を見た
「綾香からも託されていると、言わなかったか?
一番後悔しているのは……綾香だ。
自分の所為で、1つの家庭を壊し、人を殺した
後悔してないと思ったか?
綾香は、残りの人生を懸けて、慎一と一生を守ると申し出た
オレはその願いを叶えてやる
それが慎吾の想いだ
綾香の願いでもある
そして、オレは何としても、その願いを叶えてやる
それが、一生をオレにくれた二人に報いる事になるのだからな」
一生は……康太の胸の内を知った
康太の想いは何時も、仲間の為……家の為
知っていたが……解っていなかったのかも知れない
そして母親の心も……何も知らなかったのかもしれない
見えていなかったのだ
「康太……俺はお前と一緒に居られて幸せだ
俺の人生に唯1つ誇れるモノがあるとしたら、それは飛鳥井康太……お前だ。」
一生は、止めどなく流れる涙を拭う事なく、康太へ言葉を送った
榊原は、康太の変わりに一生を抱き締めてやった
「一生…君達と康太とは誰にも入れぬ絆がある。
康太がいるから、君達がいる
君達がいるから、康太がいる
どちらも欠かせない存在なんです
そして僕は…そんな君達と共にありたいと願っています」
榊原の心よりの言葉だった
康太は弁護士の所へ電話をすると、飛鳥井へ来いと、告げた
そして綾香の所へ電話を入れた
康太は一言「飛鳥井へ今すぐ来い!」と、綾香に言っただけだった
電話を切り、康太はサンルームに行くと、天に向け手を伸ばした
そして、果てを見詰める
「弥勒、龍騎、オレの目の前に、慎吾を呼ぶのを手伝ってくれ…」
康太は呪文を唱えた
慎吾‥‥お前の願い‥‥此処に成就するぜ!
長かったな‥‥
お前の作った罪だ
お前の作った子供達だ!
さぁ、その手で抱き締めてやれよ
康太は心限りを尽くして願った
それこそが、慎吾の待ちわびる瞬間だった
この世の未練に……留まる魂
紫雲は式神を飛ばし康太の横に立ち、天へと手を伸ばした
そして……弥勒は魂を飛ばし、康太と覇道を同調させ呪文を唱えた
「 緑川慎吾、オレの前に来い!」
康太が叫ぶと……空間が揺れ、目の前に、緑川慎吾が姿を現した
緑川慎吾は、康太に深々と頭を下げた
『我が罪の尻拭いをして戴き、本当にありがとう御座いました
心が楽になりました』
「天に昇れそうか?」
康太が問うと慎吾は笑い、スーッと、息子達の方へ行った
『慎一……お前を苦しめたのは、お前の父だ
恨むなら私を恨め。
お前の弟は何の罪もない
お前を助けてやれなかった……父を許してくれ。」
透けた慎吾の腕が……慎一に絡み付く
慎一は泣いていた
慎吾も泣いていた
そして、慎吾は一生の方へ向いて、一生を抱き締めた
『すまない……一生
許してくれ……お前の父は罪ばかりを作った
お前には飛鳥井のボンがいる
共にいさせてもらえ
そして、慎一の事を…お前に託す
許してくれ一生。』
慎吾は一生に詫びた
康太は慎吾に向き直り
「緑川慎悟、天へと上がれ、そして転生しろ
お前の想いはオレが引き受け対処する
だから、この世に何時までも留まるな
上がれ。解ったな?」
康太に告げたキツい一蹴されたが‥‥
『それはまだ無理に御座います‥‥‥
この世にまだ妻が遺っております
苦労を掛けた妻を待たねば‥‥アイツの今までが報われません』
慎吾はそう言いペコッと康太に頭を下げた
そして、その体が消えるまで……慎一と一生を抱き締めた
何時しか……慎吾は、消えてなくなった
何時しか紫雲も消えて…康太はその場に倒れた
榊原が、康太を抱いた
康太をソファーに寝かせ、膝枕をした
髪を撫でると、康太は目を開けた
「最後の力を振り絞って、綾香の所へ飛ばしてやった……
疲れた、腹減った…一生、何か食わせろ。」
と、一生に康太はねだった
そして起き上がると、榊原の膝の上に乗り
向かい合わせに座ると抱き着いた
「伊織、疲れた。キスして。」
康太が言うと、榊原はその唇にキスを落としてやった
目のやり場に困った慎一に、一生は
「この二人は夫婦だ
しかも新婚だ。許してやれ。」
と告げた
でも……男同士だし………夫婦と言われても困った
康太は榊原に、甘えていた
あれ程、威厳を持って、毅然と言い放った
子供の様な容姿をしているのに……
「来るな、一生、綾香の分もな。」
康太が言うと、一生は疑う事もなく了解!と告げた
来るのが当たり前の様に言う康太に、慎一は……驚異を抱いた
暫くすると飛鳥井の玄関の呼び鈴が鳴った
聡一郎が立ち上がると、応接間を出て玄関へ向かった
ドアを開けると、緑川絢香が立っていた
聡一郎は何も言わず、家の中へ招き入れ、応接間へと、連れて行った
綾香は康太の前に行くと、土下座をした
「康太さん……ありがとう御座いました 」
康太は、榊原の膝から降りると、ニカッと笑った
「慎吾に逢えたか?
最後の力を振り絞って飛ばしてやった
サヨナラ位は言えたか?」
康太が言うと綾香は泣き崩れた
そんな綾香を立ち上がらせると、康太は慎一の前に綾香を連れて行った
「綾香、慎一だ
緑川を名乗らせてやれ。
そして、桜林に入れる
慎吾の母校を卒業させてやる。」
「誠に…一生に……慎吾に似ている
私は命を懸けて、慎一を育てます」
綾香の顔には決意が垣間見れた
そして…その顔色の悪さに、康太は綾香を凝視した
悲しんで顔色が悪かったのかと思ったが……どうも違う
「綾香、お前は病院に行かねばな。
何時からだ?
何故一生にも知らせなかった?」
綾香が、康太の顔を驚愕の瞳で見た
「視えてしまいましたか?」
康太は頷いた
「早く病院に行け
手遅れになれば、一生も天涯孤独だぞ」
「私は許されてはいけない女
このまま……捨てておいて下さい。」
康太は綾香を殴った
「ふざけんな!てめぇ!
何処まで一生を傷付ければ気が済むんだ!
慎吾の側には行かせねぇ
それでもお前は死ぬか?
ならばオレの手で地獄に落としてやる!」
康太の体が怒りで燃え上がる
足を開き…拳を握る康太の体が妖炎で揺れた
一生は目を瞑り……顔を背けた
一生は、康太の遣る事を一切止めない
慎一は、康太の体に飛び付いた……
そして弾かれて、壁へと飛ばされた
「オレを止めるなら命を張れ!」
慎一は、覚悟を決めて近寄るが側へは寄れなかった
「もう一回言う。病院に行け!」
康太が言うと慎一は綾香に抱き着いた
「病院に行ってください
入院費なら俺が働いて払います
だから……お願いします」
慎一の必死の説得に……綾香は崩れた
そんな綾香の肩を慎一は優しく撫でた
榊原は、康太を抱き上げると、そのままソファーに座った
「綾香、一生と慎一に付き添って貰って、ちょっくら入院して来い
でもな、もうじき弁護士が来るからな、少し待て。
その前に出前が来た
伊織、金を払って来い
一生、聡一郎持ってこい。
康太は平然と言い放って、ポケットから札を榊原に渡した
出前のラーメンと餃子を康太の前に置くと、康太はガツガツ食べた
あっと言う間に平らげると、榊原にお茶を入れてもらって飲んだ
食後は、榊原の膝の上で甘えていた
榊原の指が康太の髪を撫でる
康太は榊原の、胸ポケットから榊原のスマホを取ると、何処かへ電話を入れた
「オレ。綾香を病院に連れて行って欲しいんだけど
南條先生に御願いしたい
多分……子宮癌。ん……そう。かなり。」
誰かと話をしていた
「これから、養子縁組すんだよ
行くならその後
ん。そう。病室用意しといて
転移はしてねぇみたいだから、ん、そう。そうしてくれ。」
と、なにやら話をして、電話を切った
電話を切ると、榊原の胸ポケットにスマホを入れた
皆食事を終えると、弁護士の天宮東青がやって来た
既に書類一式持ってきて、養子縁組の申請のサインをすれば良いだけになっていた
あまりの手際の良さに、慎一は唖然となった
そして、後日、裁判所から認定が降りれば
正式に慎一は緑川の姓を名乗れる事となる
そして、弁護士が終わり帰ると
入れ替わりのように、瑛太が飛鳥井の家へやって来た
応接間に入る瑛太の姿を見ると、康太は笑顔を投げ掛けた
瑛太は康太を抱き上げると、頬にキスをした
「体調はどうだ?」
瑛太が心配して聞く
康太は瑛太の頬にキスを返し
「少し疲れた。も少ししたら寝る」と告げた
「伊織が心配するから、無理はしたらダメだぞ。」
康太の頭を撫で瑛太は、榊原の隣に康太を置いた
「さてと、綾香さん行きますか?」
瑛太は綾香を迎いに来たのだ
さっきの康太の電話の相手は……瑛太だったと、その時解った
瑛太は……少し困った顔で康太を見た
何故なら、一生が増殖していたから……
「綾香の横にいるのは、慎一と言う
一生の腹違いの兄だ
一生は、こっち
オレの横にいる
二人の容姿は緑川慎吾に酷似している
一生、お前も瑛兄に着いていけ。」
康太が言うと、一生は立ち上がった
二人が並ぶと…双子と言っても過言ではなかった
康太は二人の姿に微笑みを浮かべた
「一生、慎一の手を取れ、お前達はこの世で唯一の兄弟
力を合わせて生きていけ。」
一生は、深々と康太に頭を下げた
康太は何時も……仲間の為、家の為に体を張る
傷付き……倒れ……血を吐き…苦しんでも
立ち上がり、その足で立つ
彼は、誇りだった
一生の誇りだった
唯1つ誇れるものが有るとしたら
それは飛鳥井康太!と胸を張って誇れる
彼と知り合えれて……果てを見ていきたいと願う
彼と共にいたいと…それだけ願う
一生は顔を上げた上げると、表情が変わった
父の遺した罪も夢も背負っていく覚悟をしたのだ。
一生は、慎一の手を取った
慎一は、その手を固く握りしめた
慎一も、一生と共に生きていく覚悟を持った
この世で唯一無二の肉親……
それを目の前の子供がくれると言う
慎一も、康太に深々と頭を下げた
そして、瑛太と共に、応接間を後にした
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