41 / 55
第41話 殉愛
慎一は個別家庭教師を着け、勉強を教えた
元々は頭は悪くはなかった
高いIQを持つ一生と同じDNAを持つのだから、馬鹿と言う訳ではない
唯、学ばなかった……学べなかった…と、言う訳だ
学習能力が高く、数ヶ月で、桜林学園の3年に編入出きる位になっていた
10月の中旬には、桜林に通うようになっていた
慎一はまだ飛鳥井の家にいた
源右衛門に気に入られ
源右衛門の横に部屋を作り、そこに住居を構えた
慎一は源右衛門の世話を買って出た
まだまだ元気と言えど、70は越えていた
人の手の要る時もある
そんな時は、慎一が源右衛門の世話を焼いた
康太の回りに安定した日常が、帰って来た
慎一はC組に編入した
クラスにも慣れて、下手したら……一生より人気者だった
一生は、康太の横を動かない
飛鳥井康太の番人……
康太以外の人間とは口も聞かない
寄せ付けない雰囲気の一生と、口が聞きやすい慎一とは、対極的だった
慎一は、クラスの中で…と、言うか、学園での一生の立場を理解した
四悪童の絆を…再認識した
康太は、退屈な授業を受けていた
眠たくなる様な、平和な時間が流れていた
その時、康太の脳裏に瑛太の異変が飛び込んで来た
康太は……瑛太の倒れる様子を……果てで見ていた
そして、慌てて立ち上がると、クラスを飛び出した
一生は、慌てて康太の鞄を掴むと後を追った
聡一郎は、ハイヤーの手配をし
隼人は必死について走った
そして康太の後を追う
慎一も、康太の後を追ってクラスを出た
廊下を必死の形相で走る康太の姿があった
3年A組の榊原も、廊下を走って行く康太の姿を見ると、鞄を持って、クラスから飛び出した
「康太……康太……何があったの?」
康太は泣いていた
「伊織……瑛兄が……」
榊原は、康太を抱き締めた
そして抱き上げると、走り出した
学校の正門を出ると、ハイヤーが二台
待機していた
榊原と康太をそのハイヤーに乗せ、聡一郎も、乗り込んだ
もう一台には、隼人と一生と慎一が乗り込んだ
一生が「康太の慌てようは…何か有ったな…」と、呟いた
隼人は一生に縋り着いた
そして「康太は瑛太…と、言ったのだ。
瑛太に何か有れば、康太は生きてはいない…覚悟を決めねぇといけないのだ」と一生に確認した
「あぁ。康太は飛鳥井の家など捨て、瑛太さんと共に逝くだろうからな…
そしたら、俺達も共に逝こう。」
「オレ様は康太と共なら本望だが……
玲香や清隆が哀れだな…飛鳥井の終焉だ。」
一生は、隼人を抱き締めた
「それでもだ!
俺達の命は康太と共にある。」
「解ってる
飛鳥井康太のモノになった日から、オレ様の命は康太と共にある
康太が逝く時に、オレ様は共に逝く覚悟はとうに出来ている。」
命を懸けた、二人がいた
きっと、聡一郎も榊原も同じ想いなのだろう
慎一は静かに目を閉じた
そして祈った
康太は、肋骨を折って入院した事のある総合病院に行くように告げた
康太の身体は震えていた
震えて泣いていた
榊原はそんな康太を抱き締めていた
総合病院に着くと、康太は走り出した
場所が解っているかの様に走った
そして手術室の前に行くと、秘書の佐伯に掴みかかった
「何故!何故!瑛兄はどうなったのだ!」
佐伯は、康太の能力を知っていた
だから、来るのを察知していた
佐伯は康太を殴ると
「此処は病院だ!静かに待て!」と怒鳴り付けた
榊原は、康太を抱き上げ座ると膝に乗せた
康太は榊原の膝の上で……泣きじゃくっていた
瑛太は、康太を育てた親も同然の人間だった
毎日が修行の辛い世界に、唯一暖かい腕を差し伸べてくれた人
その人間に何かあれば……康太は生きてはいまい……
榊原は覚悟を決めた
佐伯は、康太に会社での瑛太の話をした
「朝は普通に出勤なさいました
少し胃が痛い……とは、申してらっしゃいましたが
昼になったら医務室に薬を貰いに行くと仰い、仕事をしておりました
そしたら急に血を吐かれ…倒れられました…」
佐伯が康太に説明していると、玲香が病院に現れた
榊原の膝の上で泣きじゃくる康太に、玲香は腕を伸ばし抱き締めた
「康太、そんなに泣くでない
伊織が困るであろう……瑛太は大丈夫だ
信じてやれ
お前の兄が弱い筈はなかろう…」
手術中の電気が消えると、中から医者が出て来た
偶然にも、康太と榊原が世話になった久遠と言う医者だった
「胃潰瘍で潰瘍が破裂し
かなりの吐血をしましたが、オペで穴は閉じておきました。
後は経過観察せねば解りませんが、不摂生な食事とお酒の飲み過ぎ
煙草の吸いすぎ
もう、そりゃあ、体に悪い事は沢山やってそうな内臓でしたからね
当分は入院して貰います!」
久藤は、苦笑して言った
なんせ、10日で退院させろ!とか
早く退院させろ!と、談判に来たカップルの身内だから。
康太は久遠に
「治るまで、出さなくて良い
治らなかったら、ずっと入院してるから、治してください
瑛兄を治して下さい。」
と榊原の上から降りて、深々と頭を下げた
「君の傷も後で見せろ!
銃創だろ??
そんなに早くは治りはせんだろ?
表面は治ったように見えても中から腐る場合も有る!ついでだ見てやる!」
と、久遠は言った
康太は泣きながら、久遠を見上げた
「んな捨て犬見たいな顔をするんじゃねぇ!
後で病室に顔を出した時に見てやるから待ってろ!」
久遠は苦笑して、康太の頭を撫でて、帰っていった
康太は移動される瑛太に縋り着いて、歩いた
病室に運ばれた瑛太は酸素をして、点滴や
心電図の機械が取り付けられ重装備だった
康太は瑛太に抱き着いた
瑛太の腕を取ると掌に擦り寄った
暖かい……その温もりに、康太は泣いた
瑛太がこんなになるまで守ったのは、飛鳥井家の為…康太の為
ならば、兄を守るのは弟の務め
康太は瑛太の背負っているモノを担ぐつもりだった
「母ちゃん、今、瑛兄は忙しいのか?」
康太が問うと……玲香は押し黙り…そして総て話した
「トラブルを抱えている
その処理に手こずっておる……」
と、答えた
康太は「ならば、オレが出よう
飛鳥井の真贋が出て、道を作る!」
康太は立ち上がると、佐伯に声をかけた
「佐伯、副社長の療養中は飛鳥井康太が代理を努める!
オレのサポートをしろ!」
康太が言うと、佐伯は解りました。と康太に頭を下げた
「伊織、力哉を呼び背広を持って来てくれ
副社長が不在だと外に解ると、天蚕糸引いている奴等の思う壷
それは出来ねぇかんな
オレが当分副社長になる
異存はねぇな。」
玲香は、康太に頭を下げ
「異存は御座いません
飛鳥井の真贋が代理でしたら、相手に不足は御座いません。」
康太はそう言われると、笑った
「一生、オレのサポートをしろ!
聡一郎、瑛兄の手こずっている件の詳細を探ってくれ。
隼人、慎一、お前等は、瑛兄に着いててくれ。佐伯、会社に戻るぞ!」
そう言い、康太は鞄からノートを取り出すと、何やら書いて、隼人に渡した
ノートを渡すと康太は背を向けた
そして、後ろは振り返らず、出て行った
玲香はそんな康太を見送り目頭を押さえた
「一番瑛太の側にいたいのは康太なのに……
アイツの背負う荷物は果てなく重い……
瑛太の側で意識が戻るまでいたかったろうに……」
玲香は……呟き、一生に声をかける
「それでは、行くか
一生、我と来い
伊織、康太の御使いを頼むぞ。
聡一郎手間をかけるな、調べてやってくれ」
玲香は一生を連れて出て行った
榊原は、力哉が来ると一緒に出ていった
隼人は、康太の想いごと、瑛太の手を握った
一番側にいたく、目を醒ます瞬間に側にいたいのは康太なのに……
康太は家の為……瑛太の為に……なる方を選択した
隼人は……泣きながら、瑛太の手を握った
慎一は信じられなかった……
康太は瑛太に甘える姿は、日常の様に見ていた
それなのに……兄を置いて……会社に行くのか……?
学校では……死にそうな顔をして兄を心配してたのに…
聡一郎は、慎一に
「康太が瑛太の側を離れたのが、そんなに信じられないか?」と声をかけた
「意識が戻ってからでも良いんじゃないかと……」
「その間に飛鳥井の会社が狙われたら?
瑛太さんの守って来た、飛鳥井の家が終わるかも知れなくなるんだよ?
会社の頭を無くすと言う事は、甘くないんだ
一番瑛太さんの側にいたいのは康太だ!
なのに康太は飛鳥井の家の為に生きねばならない
康太が言ったろ?
飛鳥井康太の側に生きるのは、そんなに楽ではないと。
康太は違えれば、親でも切る
それが飛鳥井の真贋の役目
役目を自ら違える訳がない。
それさえも理解出来ないのなら、君は飛鳥井の家で、生きていくのは無理かもな……
僕は違えれば、康太の手で切られる
それを知っている
そして康太は泣きながら僕を切るんだ
それが飛鳥井康太だ
変わりはいない存在
それが飛鳥井康太だ。」
慎一は顔色を無くした
聡一郎にとって飛鳥井康太は、唯一無二の存在
聡一郎は常に康太を優先に物事を考える
命より大切な生き物は、飛鳥井康太なのだ
聡一郎は、もう何も言わずPCを鞄から出した
そして一心不乱にキーボードを叩いた
隼人は慎一に、椅子に座れ…と、声をかけた
「オレ様達は、自分の命より康太が大切なのだ
その康太が動く時、何も言わず着いていく、そして康太の動きを止める輩は排除する
康太は立ち止まらない…
血を吐いて倒れようとも動きを止めない。
その康太が動いているのだ
止めるなら、その命、かけなきゃな。」
隼人はそう言い、康太がしていた様に、瑛太の掌を頬にあてた
「瑛太はオレ様が守る
命に変えても守る
康太に頼まれたのだ
何があってもオレ様は守る。
と、言う事で、神野に言って仕事をキャンセルしなきゃな。」
隼人は、神野に電話をした
電話をして、神野に瑛太が倒れたから仕事が出来なと……伝えた
神野は、直ぐにそこに行くと伝えた
暫くしてドアをノックされると、隼人が慎一に出ろ…と、命令した
神野と小鳥遊がやって来た
病室に入って………康太の姿がなくて、神野は聡一郎に、康太はどうした?と、聞いた
「飛鳥井建設の副社長代理として会社にいますよ
難問を片付けに行きました。」
聡一郎の言葉に、神野は目を瞑った
「そうか……。真贋は、その為に在る。
一番瑛太の側にいたいのは……
康太なのにな……。」
「康太は学校で瑛太さんの倒れる映像を見たみたいです
急に立ち上がり……走って泣いてました
オペが終ると……会社を守る為に……康太は行きました。」
小鳥遊はあまりの辛さに涙を流した
嗚咽を洩らし小鳥遊は泣く
誰よりも康太の側にいて見て来た小鳥遊は胸が痛かった
「そうか
康太はまた重い荷物を背負ったな
所で聡一郎、これは一生ではないよな?
康太の横にいる一生が、こんなお人好しの顔をしていない。」
「慎一と言う、一生の母親違いな兄になります。」
「一生の兄?聞いたことねぇな」
「つい最近、出来たので。」
「康太は…こんな何も解らねぇ男をどう使うつもりなんだ?
アイツは、使えねぇ奴を家に置かねぇよな?」
「僕は康太ではないので解りません。
康太は、果てを見て、軌道修正する
きっと何か考えてるんでしょうね
でも、今は無理なので、僕が育てねばなりません。
康太に託された分、僕はキツく当たります。」
「こんなお人好しな顔した一生を見ようとはな…」
神野が呟く
聡一郎は、もう興味もなくなったのか、再びキーボードを叩いた
日付が変わる頃、康太は瑛太の病室にやって来た。
榊原と、一生も康太と伴に帰ってきた
康太はスーツを着て、副社長代理と、言うだけあって、キチンとスーツを着ていた
康太と榊原の姿を見ると、隼人はその場を康太に譲った
「瑛兄は、目を醒ました?」
康太が聞くと隼人は首をふった
康太は瑛太の横に行くと、瑛太の頬を撫でた
「瑛兄、目を醒ませ!
オレの名を呼べ!瑛兄!」
顔を瑛太の横に埋め……康太は願った
榊原は、そんな康太を見守り、ソファーに座った
そして、神野と小鳥遊に頭を下げた
康太は願った……
もう一度……頭を撫でて欲しかった
康太……と、呼んで欲しかった
康太の為に総代になり、康太を守る防波堤になった、兄、瑛太
子供の康太を誰よりも愛し、育てた人……
康太の肩が震えていた
「なく……な、康太……兄が…いるだろ?」
瑛太の弱い指が……康太の頭を撫でた
康太は顔を上げた……
涙で揺れて…瑛太の顔が……良く見えなかった
「瑛兄ぃ……」
瑛太の指が……康太の涙を拭う
「瑛兄が死んだら……オレも逝くつもりだった……」
瑛太の唇が……康太…と呼ぶ
「お前を……残しては……逝かん…」
瑛太は康太の頭を撫でた
「瑛兄は、当分入院してろ。」
康太は瑛太にそう言った
瑛太は首をふった
そんな悠長な事をやってる場合でなかったから……
下手したら、飛鳥井の屋台骨さえ揺るがされる事態になる………
それは避けたかった
「瑛兄、今の厄介事は、飛鳥井家の真贋が片付ける
お前は体を治す事に専念しろ。
オレの言葉は飛鳥井の人間には絶対
違えはさせない
瑛兄でも異例ではない。聞け。」
「お前が出たって……
片付く人間ではない…」
「ならば、そう言う人間を動かす。」
「康太……お前、何をする?」
「瑛兄は、寝ろ。そして体を治せ。」
康太は瑛太の酸素を取ると、瑛太に接吻した
そして、酸素を嵌め、瑛太の頬を撫でた
瞳を閉じさせ……瑛太を眠らせる
康太のその顔は……菩薩の様に優しく慈愛に満ちていた
瑛太が眠りに堕ちると、康太は聡一郎の側に寄った
「出た?」
康太が問うと、聡一郎は、PCを康太に見せた
康太はソファーに座り足を組むと、PCを凝視した
そして、唇の端を吊り上げた
「一生、聡一郎、隼人、オレは、明日、死ぬかも知れねぇ
命をかけて、オレは行く。
と、言う事で、伊織は居残りな。」
康太が言うと、榊原は康太を睨んだ
「嫌です。」
「オレの出向くは、関東随一の極道の本宅
オレは遼一の兄、九頭竜海斗を連れて竜王寺の所へ行き、竜王寺と、共に行く。」
榊原は言葉を失った
「今、飛鳥井に因縁を着けて来ているのは、極道
極道が出るなら、此方も極道を入れ仲介させねば、収まらぬ
そんな場所に場違いな者が行けば命の保証はない。
伊織、オレが死ねば魂はお前の元に走る
そしたら、お前も来い
オレ達は何処にいようとも夫婦ではないか。」
榊原は、康太を抱き締めた
「ならば……君を抱かせて……君を時間の許す限り抱いていたい。」
榊原は、康太を抱き締めた
「ならば、オレを連れて行け。」
榊原は、康太の肩に顔を埋め泣いた
そして顔を上げ、深々と頭を下げた
その後、康太を連れて、榊原は、病室を後にした
康太のいなくなった病室に……嗚咽が漏れ啜り鳴く声が響いた
神野は、瑛太の横に行き、座った
「康太を出したくなかったんだな…お前は…
知れば…康太は出る……
それが堪えられなかったんだな…」
悩んで…苦しんで……血を吐き…倒れた
そうしてまでも、康太を守りたかった
そして康太は命を懸けても、瑛太を守りたかった
その命がなくなると、解っていても、康太は行く
そして、それを見送る伴侶は魂の半分をなくす恐怖に……堪えねばならぬ
「康太の背負うのは重いな……瑛太……」
神野はそう言い、瑛太の手を取り……顔を埋めた
慎一は泣いていた
飛鳥井康太の背負うものを目の前で魅せられ、その重さに…涙が止まらなかった
康太の死……即ち、飛鳥井の終焉
飛鳥井康太と運命を共にする人間の命日になると言うのか?
一生を見ると……その瞳には覚悟と決意が宿っていた
聡一郎も、隼人の瞳にも……覚悟と決意が宿っていた
飛鳥井康太と共に生きると言う事は……
身を切られる程の辛さ……だと、慎一は身に染みて解った
病室の人間は……悲しい別れを分かち合う夫婦に想いを寄せた
幸せそうな顔で、榊原を見る康太の顔を見れば、命より愛しているのか解る
愛しているのに……
惚れているのに………
二人は誰よりも夫婦だった
強固な愛で、互いを欲する、夫婦だった
榊原は、ホテルニューグランドに行くと、部屋を取った
そして、ベットの上で愛し合い、縺れ合い
1つに交わり、抱き合い
泣いた
泣きながら…康太を抱いた
康太は泣きながら……榊原に、抱かれた
求め合う想いは……離れたくない想いと重なり互いを抱く
覚悟はとうに出来ていた
互いの為に命を共にする覚悟は…とうに出来ていた
時間の許す限り、求め合い
朝方、二人はバスルームで体を洗い、服を着て、ホテルを後にした
飛鳥井の家へタクシーで帰り、二人は着替えた
康太は真っ白のスーツに袖を通した
そして榊原は、黒のスーツに袖を通した
「康太、君が不在の時は、僕が飛鳥井建設の副社長の代理を務めます。」
康太は頷き、キッチンに顔を出した
キッチンには、母、玲香と父、清隆、祖父、源右衛門、弟、悠太が朝食を取っていた
康太と榊原は、家族に深々と頭を下げた
「オレは今日、竜王寺に行って飛鳥井に因縁を着けてる関東一の極道の組に行く
命はあるとは思わない
覚悟をしてくれ
そして、オレの不在の間は、伊織が副社長の代行をする。
オレは瑛兄に逢ったら、その足で向かう。」
康太が告げると、家族は言葉をなくした
康太は源右衛門に
「オレが命を落としたら、じぃちゃんが京香の子を育ててくれ
オレが死ねば、じぃちゃんは見える様になる
そしたら継ぎを育ててくれ。」と告げ、頭を下げた
源右衛門は「嫌だ!わしは、もう見ん!
引退じゃ。だから、お前は帰って来い!」と康太に言った
「じぃちゃん……真贋は自分の果ては見えねぇ……
どうなるかなんて…解ねぇかんな…」
康太は笑った
何時もの笑顔を家族に向けた
そして断ち切るかの様に背を向けキッチンを出て行った
玄関に行き、磨き上げた革靴を出すと、履き、外に出た
外には兵藤貴史が立っていた
康太は兵藤に目を向けると、笑った
笑い、横を素通りして、榊原のアウディに乗り込んだ
兵藤は……声もかけられなかった
康太の瞳は決意を決め、動いていたから……
兵藤は、目を瞑り、願った
生きて帰って来い!…………と。
榊原は、康太を瑛太の病院まで連れて行くと、車を降りた
康太は前を向き歩く
榊原は、その後ろにならって歩く
瑛太の病室をノックしてドアを開けると
瑛太は起きて康太を待っていた
瑛太は康太の……純白のスーツに決意を感じた
「行くのか…?
兄が止めても……お前は行くのか?」
瑛太は……康太が止まらないのを知っていて……声をかけた
康太は瑛太の枕元に立つと、瑛太の頬にキスをした
「瑛兄、大好きだ。」
康太はそう言い、瑛太を抱き締めた
そして、瑛太から離れると、深々と頭を下げた
背を向けると、歩き出した
振り返る事なく、康太は歩く
その背中に声さえかけるのを拒否るように…
ともだちにシェアしよう!