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第2話
「この子がユストだ。お探しの子供に当てはまるのではないかね」
「たしかに。丸い耳。体毛を持たない体。爪もなく牙もない」
金色のたてがみを持つ獅子の獣人は鋭い眼光でユストを見下した。
「では王から預かった報奨金を渡そう」
「待たれよ。ユストは我が一族の者ではないが幼きころより育てた大事な子供だ。そのようなはした金では……」
ふうっと長老がため息をつく。
「抜け目がないな。長老。なにが望みだ。俺に出来ることなら叶えてやらんでもないぞ」
獅子の獣人が牙を剥いた。笑っているらしい。
向かい合って立っているユストの倍ほどありそうな背丈。腕一本、足一本がユストの胴回りと同じくらいだ。とにかく大きい。肉を食べる獣特有の凶暴さにユストは震えあがっていた。
怖い。どういうこと? 長老はぼくをこの人に渡そうとしているの?
長老を問い質したいがとてもじゃないがユストが口を挟む隙などなかった。ただ二人のやりとりを眺めているだけ。
「島の中央部を縄張りにしている一族がいるのだ。奴らに追われて我が一族はこんな断崖絶壁の僻地で細々と暮らしておる。ユストを差し出すならば、引き換えにあの土地を手に入れるくらいでなければな」
低い唸り声が聞こえユストは耳をふさいだ。
「嫌ならばこの話はなかったことにする。早々に帰られるがよい」
「良かろう。お前たちにその土地をやろう。俺ならば造作もないことだ。だが、土地を与えた以降のことまでは知らんぞ。それでいいな」
「うむ。では条件が整い次第ユストをお渡ししよう」
「分かった。では」
獅子の獣人は甲冑を鳴らして立ち去った。
その後ろ姿が見えなくなってからようやくユストは長老を見上げて言った。
「ぼくを渡すってどういうこと?」
「大陸にある獅子の国の王がおまえを探しているらしい」
「ぼくを?」
「正確にはおまえではなく、お前のような種族を、だな」
「ぼくみたいな種族?」
「丸い耳をして、体毛を持たず、牙も爪もなく、キズがすぐ治る子供だ」
「ぼくの仲間がいるってこと?」
長老は枝の上に立ち上がった。
「さあなあ。こんな僻地まで探しにくるくらいだ。そうそう見つからなかったってことだろう」
「あの人が戻って来たら、ぼく、渡されるの?」
「仕方あるまい。約束だからな」
長老は丸い目にユストを映した。
「樹上で暮らせないおまえを守ってやることはできんのだ。我らは地上には下りれん。おまえは地を這うものと暮らすのが良かろう」
「いやだ! いやです! ぼくここに居たい! みんなと一緒がいい! ……だって、ぼくがいなくなったら猿の世話は誰がするの?」
「そんなもの誰でもできる。おまえがいない遥か昔から一族で担ってきたのだからな。さあおまえはもう戻りなさい。わしも戻る」
そう言うと長老は樹上の集落へと戻っていった。ユストは膝からくずれ座り込んだ。
カサカサと葉が降って来る。見上げると心配そうな顔をしたヘルゲがいた。
「ヘルゲ、ぼく、貰われて行っちゃう……」
「……でも、ユストの仲間がいるかもしれないだろ」
「ヘルゲはぼくの仲間じゃないの?」
「泣くなよ。バカ、ユスト」
木から下りて来たヘルゲがユストの肩を抱く。
細い腕だ。ユストより頭一つ分小さくて、でももう大人だ。
「ユストは友達だ。でも……」
「でも?」
「集落で暮らせないお前のために、オレたちは木の低いところに住処を作らなきゃならない」
「もっと高くにしてもいいんだよ。ぼくだって木登りは得意だもん」「また落ちたらどうするんだよ」
「ぼくのケガがすぐ治るの知ってるでしょ。痛いっ!」
ゴツンと頭突きされた。
「バカ、ユスト。治らないケガだったあるかもしれないだろ! 手がちぎれてもくっついた。足が切れても治った。でも頭が潰れたら? それでも治るのかよ。そんなの分かんねーじゃん」
ユストが地上に下されたのは集落から落ちたせいだった。全身の骨を折る重傷だったがそれは治った。だが長老をはじめとした大人たちはこれ以上ユストを樹上の集落に住まわせるのは危険と判断したのだった。
「なんか知んねーけど、偉い人がおまえみたいなやつのこと探してんだろ? だったら他にもきっといる。そいつと友達になれよ。おまえと離れんのいやだけど、おまえにも同じ仲間が出来るのは、オレは、嬉しい」
「やだー! ヘルゲがいればいい。仲間なんていらない」
二人で抱き合って泣いた。
その翌日、甲冑を血で染めた獅子の獣人が戻って来て、ユストはそのまま集落を去ったのだった。
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