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第6話
「なんか可哀想……」
ハーラントに弓で仕留められた兎を見てユストがつぶやいた。
「見たくなければ向こうへ行っていろ」
「ううん。そんなんじゃないんだけど……」
もう明日にはシーザ国の国境を越えるというところでユストとハーラントは野宿していた。シーザ国は大陸の中でも大きな国で街道も整備されている。だが宿より野宿を好むユストのためにハーラントはこうして野営をしてやっていた。
王に引き渡せばユストにもう自由はない。それならばせめてこの旅の間ぐらいは自由にさせてやりたかった。
「……弱い物は食われる。これは自然の摂理だ。でないとみんな飢えるからな」
「生きなきゃならないもんね」
「ああ」
ユストは兎をさばくハーラントの手元を見つめていた。
「ぼくたち狩りはしなかったけど虫は食べたよ。幼虫は美味しいんだ」
「あ、ああ」
虫を食べたことのないハーラントは答えに詰まった。が、自分たちが肉を食べるようなものだろうと考え直す。
「木の実とか虫を食べるのと同じだって分かるんだけど、血が出てるのをみると可哀想って思っちゃうのなんでだろ」
「それはおまえが恵まれていたからさ」
「そうなのかな」
「そんなこと考える暇があったら、向こうに行って火をおこしておいてくれ」
「……うん」
ユストはいつもより重い足取りで幕屋へと戻っていく。
兎をさばき終わったハーラントは浅く穴を掘りくず肉を埋める。
ユストは神経が過敏になっているのだなと思った。無理もない、旅の間は目新しいことばかりで先行きのことなど考える暇もなかっただろう。ハーラント自身、せめてもの思いでユストに楽しい思い出を与えて来たのだから。だが目的地が目前に迫り、この旅も終わると実感し不安を覚え始めた――いや、不安を自覚せざるを得なくなった。
この数日、無邪気に笑っていた顔に影が差すのにハーラントも気づいていたが、それを晴らしてやることはできない。
ユストが育った一族は集団の争いに敗れ島の僻地で細々と暮らしていた。同族でもないユストを育てるところをみるともともと温厚だったのだろう。そのような育ちのユストがたとえ狩りとは言え、血を血で洗うような荒事に免疫がないのは仕方ない。肉を食う習慣もないのだから獣を屠ることに抵抗を覚えるのも道理だ。
この先、シーザ国でユストに待っている運命を思えば、こんなに繊細な感受性で生き残れるのか甚だ心許ない。しかし、ハーラントにはこの旅でユストに移した情以上の責任が両肩にのしかかっている。哀れな子供を犠牲にしてても守らなければならないものがハーラントにはあった。ユストの一族の長老が、ユストを犠牲にする代わりに豊かな土地を望んだように。ただ欲をかけばその報いは必ずある。あの一族がハーラントが叩きのめした一族との間でどんな運命を辿っているか、それは神のみぞ知ることだが。そして俺も――。
串にさした肉を手に幕屋へと戻るとユストが顔を上げた。
「ハーラントさん。見て! 上手にできたよ!」
焚き火を前に得意げな表情だ。
「腕をあげたな」
ハーラントは火の周りに串を刺して肉を炙る。
「ユストも食べてみるか?」
「いらない。またおえってなるよ」
この旅の途中、何度か肉を食べさせてみたがどうにもユストは受け付けないようだった。 せめて肉が食えればユストを自由にする手がないわけではないのだが。
ハーラントの思いなど知らないユストは果物をかじっている。
「王様に会ってぼくはどうするの?」
精一杯何気ない風を装っているのがいじらしい。
「さあなあ。俺も知らん」
「じゃ、じゃあ、さ、ハーラントさんにはまた会える?」
「それも分からないが、たぶん無理だろうな」
「どうして?」
「王と俺とじゃ身分が違いすぎる。王のお側にはそうそう上がれない」
「そう、なん、だ……」
しょんぼりとユストは肩を落とした。
「……俺が知らされている話では、王と王子のための実験に協力して欲しいということだ」
「実験?」
「ああ。時間がかかるし大変なことだ。だが成功すれば大事にしてもらえるぞ」
「……成功しなかったら?」
「それでも大事にしてもらえるはずだ。美味しい物が食べられるし、綺麗な服も着れる」
ただ自由だけがない。
「そ、……っか。じゃあ、その実験が終わればハーラントさんに会いにいくね。……会ってくれる? ぼくちゃんと頑張るから」
「そうだな。そのときが来たら」
ハーラントが頷くとユストはホッと目元を緩めた。
「よかった。約束」
「ああ。約束だ」
おずおずとユストが身を寄せてくる。
不安なのだな、この子も。
ハーラントは小さなユストの肩を引き寄せ懐に囲い込んだ。
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