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第8話
ユストが目を覚ますと、そこは明るく清潔な部屋だった。
旅の間で何度か泊まった宿屋のようだ。一瞬、ハーラントがいるんじゃないかと期待して、ユストは部屋の中をぐるりと見回した。
いるわけないか……。
気を失う前に聞いた、「許せ、ユスト」と言ったハーラントの声を思い出す。
「泣いてるの?」
「ひっ?」
突然知らない声がしてユストはシーツの下で体を固くした。
「いきなり声をかけるから驚いているじゃないか」
また知らない声。「おまえたち少し落ち着きなさい。……君、怖いことも痛いこともしないから安心して顔をだして」
穏やかな優しい声音に誘われてユストはシーツの中からもぞもぞはい出した。
「うわぁ。兄様、この子可愛いーっ」
金色の被毛を持つ獅子獣人だ。王に雰囲気がよく似ている。着ている物も手が込んでいるので貴族なのは間違いない。王制や貴族といった支配者階級に疎かったユストだが、旅の間でいろいろ見聞きしたのでたぶん見当違いではない……はずだ。
「綺麗な髪だね。銀色って僕初めて見たよ」
ニコニコと手を伸ばされてユストはベッドの上で後ずさった。牙は小さく丸い。まだ子供なのだろう。でも肉食獣をルーツに持つ獰猛さは隠しきれない。
「ヴァレヒト、落ち着きなよ」
真っ白い被毛の獅子獣人に嗜められてヴァレヒトと呼ばれた金色の獅子獣人が止まる。
毛色はまったく違うが顔立ちはよく似ていた。
兄弟なのかな? とユストは思った。
「まったく、おまえたちときたら……」
ユストに出てくるようにと言った優しい声の獅子獣人は黒いたてがみをしていた。顔立ちが似ているが他の二人より体が大きい。落ち着いた物腰から最年長だと感じた。
彼はやれやれといった風に肩を竦めると、
「私はフロレンツ。シーザ国の第一王子だ。君はユストだね」
王子様! ユストはびっくりして目を見開いた。
身分制度を理解していなかったユストにハーラントは分かりやすく噛み砕いて説明してくれていた。
たしか王様は国で一番偉い人。長老よりも偉い。で、王子は王様の子供で、次の王様になるから二番目に偉い。貴族は三番目。
「ハーラントの言っていた通りだな」
フロレンツはくすっと笑った。
「ハーラントさんを知ってるの?」
知っている名前を聞いて一気に親しみが増す。
ユストはフロレンツに近づいた。
「ハーラントは私の師だ」
「師ってなに?」
「師とは、技を教えてくれる者のことだ」
「ふうん」
ユストは集落の大人たちを思い浮べた。食べられる木の実や草の見分け方。美味しい幼虫のいる場所。そういう生きる術を教えてくれた。
帰りたいな。
しょんぼりした気持ちになっていると頭を撫でられた。
「ありがとう」
「君は分かりやすいのだな」
「それもハーラントさんが言ってた?」
フロレンツは微笑んだまま答えなかった。その代わりユストの両手を取る。
「よかった。爪は綺麗に生えそろったな。足も見せてごらん」
「うん」
ユストは座り直してベッドの端から足を投げ出した。フロレンツがユストの前にひざまずき足首に手を添える。
「驚いたな。傷痕もない」
「本当ですか? 兄上」
「見せて見せて」
白い獅子獣人とヴァレヒトが寄って来る。
三人に囲まれてユストはひゅっと足を引っ込めた。
「ルトヴィクもヴァレヒトもきちんと自己紹介ぐらいしなさい。ユストがびっくりしているだろう」
フロレンツに嗜められた二人は、あ、っという顔をして少し距離を取ってくれた。
「僕はルトヴィク。第二王子だ」
「僕はヴァレヒトだよ。第三王子なんだ」
「ぼく、ユストです」
おずおず答えたユストにヴァレヒトがにっこり笑った。
「知ってるよー。ユストは僕たちのために父上が連れてきてくれたんだもん」
そのときユストのお腹がぐうううっと鳴った。
「ユストはお腹が減っているんだね」
「ルトヴィク、それは仕方ない。ユストは丸一日眠っていたのだからな」
「ぼく丸一日寝てたんだ」
フロレンツの言葉にユストはお腹を押さえた。
「ケガを治すために体が休息を必要としていたんだろう。食べる物を持って来させよう。ユストは果物が好きなんだったな」
フロレンツがそう言うと、入り口の側に控えていた獣人がすっと出て行った。
「さあすぐ用意させるからユストは起きないといけないな」
「え?」
ベッドから下りようとしたユストはフロレンツに抱き上げられていた。
「ぼく、自分であるけます」
「いけないよ、ユスト。君はまだ病み上がりなんだ。大事にしないとね」
窓辺のソファにそっと下される。ふかふかのソファは一人掛けだがユストが丸まってもまだ余裕がありそうだった。
「ヴァレヒトはユストになにか羽織る物をもって来てくれないか」
「はい。兄上」
ヴァレヒトが動くと部屋の隅にいた獣人が近寄ってたたんだ布を手渡す。それを手にヴァレヒトは戻ってきた。
「どうぞユスト」
「ありがとう」
フロレンツはユストの横にずっとついていてくれる。ヴァレヒトは興味津々な様子でユストをじっと見ている。ルトヴィクだけが興味なさげな様子で窓から外をみていた。
王様は王子様たちのためにぼくを連れて来たってどういうことなんだろう?
ちらりとフロレンツを見る。
教えてくれるかな?
「どうしたんだい、ユスト」
フロレンツがユストの寝乱れてもつれた髪を梳いてくれた。
「フロレンツ様、失礼いたします」
ワゴンを押してきた獣人がユストの側にテーブルを用意する。
「さあユストいっぱい食べて元気になっておくれ」 フロレンツがベリーを摘まんだ指先をユストの口元に持ってくる。
「口を開けてごらん」
ぼく自分で食べられるんだけど……。
小さい子供扱いが照れくさいがユストは素直に口を開けた。
「美味しいかい?」
「うん。美味しいっ!」
瑞々しいベリーの果汁が体にしみわたる。
頬を押さえたユストにフロレンツは目を細めた。
「それは良かった。もっとお食べ」
「兄上ばっかりずるいー。ね、ユスト僕のも食べて」
こうしてユストはフロレンツとヴァレヒトから交互に食べさせられる羽目になった。
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