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第11話
※暴力、流血表現があります。
「心配しなくてもいいですよ。私が両方とも落として差し上げましょう」
ハーラントの右腕にしがみついたユストの目の前に、ギラリと光る白刃が突き出された。
「フロレンツ!」
ハーラントの背後に夜の闇を煮詰めたような被毛のフロレンツが立っていた。
「キメラとは醜い生き物ですね。我が同胞を喰らい手に入れたその姿、返していただきますよ」
ヒュンと白刃が引かれた。
「……えっ?」
ウソ?
瞬きも出来ず見開いたままの目に血しぶきをあげながら傾いでいくハーラントが映る。ユストの両腕の中にハーラントの右腕があるのに――?
ユストは地面に落ちた。衝撃でそれが分かったが、痛みはなにも感じない。フロレンツの持つ剣が再び閃く。
「やめてええええええええええっ!」
左の翼が血溜まりに沈む。
「いやあああああああああああああああああああああああああああああ」
丸太のように転がるハーラントは、それでも頭をあげフロレンツを睨みつけていた。その輪郭が歪み、次の瞬間ズルッと動いた。
「蛇も食っていたのですね。あなたのその姿は初めて見ます」
フロレンツは鎌首を持ち上げたハーラントの攻撃を軽やかな足取りでかわすと剣を振り上げた。切っ先は狙い違わず頭に振り下ろされる。
「――――――っ!」
もうなにを叫んでいるのか分からない。止めないと、と思うのにユストの手足は石になったように動かない。そのとき、ハーラントの姿が消えた。
「モーリック」
「畏れながら王子殿下に申し上げます。この者の処分は我が一族にお任せください」
「醜いキメラの一族の同族愛ですか。笑えますね。いえ、醜いからこそお互いを労わるのでしょうか。しかし、長のあなたに説明するのもバカらしいですが、これは重大な裏切りですよ。一族郎党の命でもって贖うべきところをその者一人の命で済まそうという私なりの温情を理解してもらいたいものですが?」
ぐったりと動かないハーラントを脇に抱えて平伏している獅子獣人はキメラの一族の長だった。
彼のおかげでハーラントはフロレンツに止めを刺されなかった。
その事実にユストは地にのめり込みそうなほど脱力していた。
「国王陛下のご下命ならば、我が一族すべての命で贖いましょう」
「……私の裁決には従わないということですか」
「我らの主は国王陛下でございます」
「――いいでしょう。このことは私から陛下に奏上いたしましょう」
フロレンツは突きつけていた剣を振るい血糊を飛ばしたあと鞘に納めた。
「ユスト様、ハーラントをお庇いくださりありがとうございます」
モーリックはユストに向き直り頭を下げた。
「ぼくは、なにも――」
声が掠れてしゃべれない。そんなユストにモーリックは目元を緩めた。
「恐ろしい思いをさせてしまいましね。お許しください」
ブンブンとユストは首を振った。
モーリックは抱えていたハーラントを地面に横たえると血溜まりに落ちた翼を拾い上げた。ユストに近づくと膝をつく。呆然と見上げているユストの手からハーラントの腕をそっと取り上げた。
「ハーラントは、大丈夫、ですか?」
つっかえつっかえ尋ねるユストにモーリックは、
「もうご案じくださいませんように」
とだけ告げ踵を返す。
「ユスト」
思わずモーリックのあとを追おうとしていたユストはフロレンツの呼びかけに振り返った。その視線を受けた瞬間気づいた。
ぼく、試されてる。
フロレンツの瞳はいつもと同じように柔らかく優しい。だがその中に底冷えするような冷ややかな色がある。ユストはきゅっと唇を噛んだ。ハーラントを助けるためにどうすればいいのか――。
「あなたはここから逃げ出したいのですか?」
ああ……。とユストは思った。
「ぼくは、ここにいます。逃げません」
「ここにいればどうなるか分かっていますよね。それでもいいと仰ってくださるのですか?」
脳裏に力ずくで犯される雌の姿が過る。それでもハーラントが生き延びるのならば。
ユストはフロレンツに頷いた。
「こちらへいらっしゃい」
フロレンツが両手を広げる。ユストはその中に納まった。
「私の仔を孕んでくださるのですね?」
「……うん」
「では、私の仔を孕みたいとちゃんと言ってください。言えますね?」
背中にユストを呼ぶ掠れたハーラントの声が聞こえる。
心臓が引き絞られるように痛い。
ぼくは、ハーラントが好きなんだ。
痛くて痛くてたまらない。悲鳴をあげる心にユストは蓋をした。
「ぼくは、フロレンツの仔を……孕みたい」
「ああ、ユスト。あなたは私の女神だ」
フロレンツに抱きしめられる。漆黒の被毛に包まれてユストの世界は暗闇に閉ざされた。
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