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第12話

あのあと、夜中にも関わらずユストは早々にルトムートのところへと連れていかれた。 「怖いことはなにもありませんよ。あなたの体質ならすぐ傷は塞がりますから」  喜々として言われたがユストの感情はすべて血塗れで倒れ伏したハーラントに向かっていて、自分がどうなるのかなにをされるのかなどどうでも良かった。  腹をメスで切り裂かれるのも臓腑を抉られる痛みも、ハーラントが負った傷の痛みと同じと思えばいっそ甘美なほどだ。  ハーラントは無事なのか。  それだけを考えているうちに気を失ったのか、眠りに落ちたのか、ルトムートに薬でも使われたのか、気づけばいつもの居室で寝かされていた。  切られたはずの腹はつるりとなにごともなかったかのようだ。あの夜中の出来事から丸一日は経っていると思われた。  庭へと続く窓。ハーラントがユストを助けにきたところだ。  あの日、ハーラントから立ち上っていた血臭は獅子獣人の兵士を切ったからだった。後宮の守りについていた兵士がたくさん負傷したとあとから聞いた。それがどんな裏切りかハーラントが考えなかったはずはない。一度はユストを諦めようとしたのだ。許せ、と言ったハーラント。彼がその言葉を翻してユストを逃がそうとしてくれた。もうその事実だけでいいと思った。あとはただただ彼が無事であれば。  窓の外に広がる青空を眺めてからユストは目をそらした。 「カーテンを閉めてください」  部屋の隅に控えていた獅子獣人が立ち上がる。 「開けておいた方がお体にもご気分にもいいですよ」  そう言うのはルトムートの部下だ。ユストの監視と観察のために側に侍っている。 「眠たいんです。暗くしてください」 「そうですか……。ご気分が悪いとかなにかありますか?」 「ありません」  それだけ言うとユストは頭からシーツを被った。眠たくはなかったが、いまや夢の中だけにしか自由はない。夢の中ならユストはハーラントにもヘルゲにも会える。  ハーラントと一緒に隻眼の熊の船長の船に乗ってヘルゲに会いに行くのだ。そして大海原を旅する。  大鷲姿のハーラントが空を飛ぶのはどんなのだろう。きっとすごく格好いいに違いない。ユストはマストに登って一番近くでハーラントの飛翔を眺めるのだ。きっと一緒に飛んでいる気分になれる。実現したらとても楽しそうだ。ハーラントほど大きな翼ならユストを乗せて飛べるかもしれない。そうすればヘルゲに会いに行くのに小舟に乗らなくてもいい。空からヘルゲに呼びかけたらどうなるだろう。  ヘルゲもびっくりして樹上の集落から落っこちるかな。  ユストはふふっと小さく笑った。  ヘルゲが木から落ちるのをみたことがない。ユストはよく落っこちたものだが。そのたびにヘルゲに捕まえられた。そしてガミガミ叱られるのだ。  そんな想像をしていたら楽しいはずなのに鼻の奥がつんと痛んだ。  うつらうつらと夢現の間を彷徨っていたがルトムートの訪れで現実に引き戻された。 「ずっと伏せっておられた様子ですが、ご気分はいかがかな?」  脈をとりながらユストに尋ねる。 「別に……」 「元気もないようですな」 「これでいつもと変わりがなかったらその方が変じゃない?」  むかっとしてユストが言い返す。 「皮肉を言う気力があるのはいいことです」  しれっと返された。食えない医博だ。 「……ねえ、ぼくこれからどうなるの?」  おや、っとルトムートが眉を上げた。 「それを私に尋ねるとは、あなたは素直ですねえ」 「だって他に聞ける相手はいないでしょ」 「まあそうですねえ」  ルトムートは診察に使った器具を直しながらわずかに上を見た。 「正直なところ私にもわかりません」 「は?」 「キメラ化していない人魚の雄に、人魚の雌の胎を入れるというのは元々神殿が行っていた実験なんですよ」 「神殿?」  そう言えば船で船長が女神と神殿の話をしてくれていた。 「恩寵の子供はご存じですか?」  ユストは首を振った。 「百年ほど前まであったんですが、女神の島から人間の子供が獣人の国へ遣わされていたんですよ」 「人間の子供……人間っているの?」 「さあ。なにせ百年前のことですから、いまもいるかどうかは分かりませんなあ」 「ルトムート、口が軽すぎますよ」 「フロレンツ?」  話に夢中になっていてフロレンツが来たことに気づいていなかったユストはびっくりして声をあげた。 「フロレンツ王子、失礼いたしました」  ルトムートが膝をつき頭を垂れる。 「良いでしょう。今回だけは不問にしておきます。それでユストの調子はどうですか?」  フロレンツはお付きの獣人が整えた席に優雅に腰を下ろした。 「いまのところは問題ないかと」  ふむ、とフロレンツはあごを引いた。 「問題がないのであれば、私は今晩ユストと過ごすことにします」 「お言葉ですが、フロレンツ王子、それはお待ちください」 「なぜ?」 「内分泌系がいつ整うかなどまだ未知数です。せめて初鳴きを聞いてから――」 「胎が問題なくついているのでしたらいつ鳴くかなど些末なこと」  フロレンツはルトムートの言をあっさりと退けた。  ルトムートの話も、フロレンツの発言も、ユストには分からないことばかりだ。ただ、覚悟を決めたその最悪の出来事がこれから我が身に降りかかるのだと言うことははっきりと分かった。 ※船長がユストに語った女神と神殿の話はJ庭47にて頒布したコピー本に収録しております。が、読んでなくても特に問題ありません。女神の島と神殿という機関がこの世界にはあるんだなあ程度におもってくだされば大丈夫です。

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