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第13話
フロレンツと二人残されたユストはベッドの上で身を固くした。
フロレンツはゆったりと座ったままでユストに飛びかかって来る様子はなかった。それでも油断はできない。数人がかりで雌猿に襲いかかり代わる代わる精を注ぐ悲惨な交尾を何度も見て来た。傷つき衰弱した雌猿を看病したのはユストだ。それがどんなにひどい行為なのかは身にしみて知っている。フロレンツは同じことをユストにすると言ったのだ。
「そんなに警戒しないでください」
いつもと変わらず穏やかな声。でもだからこそいつ豹変するのかが怖い。
「返事をしてくださらない」
フロレンツは肩を落とした。
「私がユストを迎えに行けばよかったですね」
「フロレンツが?」
それは無理だろう。王都に来て日の浅いユストにだって、王子様がユストの暮らしていた僻地まで旅をするのは無謀な話だと思う。あれはハーラントだから出来たのだ。
「そう。そうすればユストは私に懐いてくれたのではないですか? あなたのハーラントへの想いはただの刷り込みに過ぎないんですよ」
「そんなことないっ」
なにかを考える間もなく答えていた。 あの旅の間中、ハーラントはユストがいかに心地よく過ごせるかに心を砕いてくれた。マストに登るのを許してくれたこと。馬車ではなく馬に乗って移動してくれたこと。宿に泊まるより野営をいっぱいしてくれたこと。そんなことをせずただユストをシーザ国まで運ぶ方法はいくらでもあったし、ユストにそれを強いることは簡単だったはずなのに。
これがフロレンツならどうだっただろう。きっとマストには登らせてくれない。馬車で旅をするだろうし、野営なんてとんでもないはずだ。そういう不自由なことをユストが楽しむなんて考えてくれない。フロレンツはフロレンツの考えるユストの幸せしか認めない。
「……そんなことないよ」
そうだ。たとえフロレンツがユストを迎えに来ていても、ハーラントに会ったらユストはハーラントに惹かれる。どれだけ違う出会いをしてもハーラントがハーラントである限りユストはハーラントを好きになる。
「まったく、あなたたちは妬けますね」
思いがけず真上から声が落ちてきてユストは弾かれたように顔を上げた。いつの間に側に来たのかフロレンツがユストを見下していた。
「いったいなにが違うのでしょうか……」
「フロレンツ?」
「ハーラントも見た目は獅子獣人です。私となにが違いますか? 毛色など些末なことですし、珍しさで言えば私の漆黒の方が希少ですよ。ほら、手触りもいいでしょう」
フロレンツはユストの手を取って手入れの行き届いた豊かなたてがみに触れさせた。しなやかな指通りは絹のようだ。ハーラントのごわついた被毛とは違う。
「本当にあなたときたら」
ぐらりとユストの体が傾ぐ。
「え?」
フロレンツがベッドに乗り上げていた。
「そうしていつもいつも私とハーラントを比べている。それがこんなにも苛つくなんて思ってもみませんでしたよ」
「やだっ」
伸しかかられフロレンツの胸板を押し返そうとしたが敵わず、反対に両手をひとまとめに握られ押さえつけられた。
「離してっ」
たった腕一本。それだけでフロレンツはユストの動きを封じてしまった。覆いかぶさる体でさえユストが苦しくないように体重をかけないようにしている。それなのにもがいてももがいても逃れられない。薄い夜着が徒にはだけるだけだ。
「ユスト、大人しくしてください」
押し殺した低い声に張りつめたものを感じてユストは身動きを止めた。
「あまり私の理性を試さないで……」
だったらいますぐユストは放してくれればいいだけなのに。
あまりに身勝手な言い分だったが切羽詰った切ない響きにユストはその不満を飲み込んだ。
フロレンツはユストがハーラントと比べていると言ってそれが気に入らない様子だが、ユストはユストなりにフロレンツにも好意を抱いている。いい人だと思っているし、嫌いになりたくはないのだ。
「フロレンツが止めてくれたらいいだけだよ」
口を尖らせるとフッと小さくフロレンツが吐息で笑った。
「それは無理な話ですね。私はあなたとこういうことがしたいんですから」
甘えるように喉の窪みに鼻面を押し付けられた。柔らかい息がくすぐったい。
ぼくはしたくない。そう言いたい。けど――。
別れ際のハーラントの姿を思い出しその言葉は飲み込んだ。
ユストはフロレンツを選んだ。だからこれからされることは全部ハーラントを助けるためのものだ。
「お腹を見せていただいても?」
傷口を見たいのだとすぐ分かったので夜着を脱いだ。
ほとんど裸同然で育ったユストは服を脱ぐことに抵抗がない。だからその姿がフロレンツからどう見えるかなど気にしてはいなかった。
押し殺した唸りをユストは聞き流した。
「……綺麗に治ってますね。痛みはありますか?」
「ううん。ないよ」
腹を撫でられるくすぐったさに身を捩るとフロレンツの脚で膝を割られた。
「やっ、なにっ?」
ぐっと身を寄せられ、ユストの腰がフロレンツの腿の上に乗せられる。股間をフロレンツに向かって見せつけるような恰好だ。
「フ、フロレンツ? これ、ヤだよ」
「……あなたのその無邪気さは、無慈悲なまでに残酷ですね」
漏らされた嘆きの意味が分からない。
「フロレンツ……」
ユストは自分の股間越しにフロレンツに小首を傾げてみせた。
「人魚がどうやって仔を生むのかはご存じですか?」
「う、うん。……えっと、卵胎生って聞いたよ」
「そうです。人魚には獣の雌のような仔だけを生む器官はありません」
「?」
難しい話にユストは恥ずかしい恰好をさせられていることを忘れた。
そんなユストを眇めた目で見たフロレンツはふいっと横を向く。つられて視線を折ったユストはフロレンツが小瓶の蓋を片手で器用に開けるのを目にした。とろりとした油薬のようなものが入っている。それをフロレンツはよく手入れをされた指先ですくい取った。
「人魚は総排出腔といってこの中に卵管を持つのですよ」
フロレンツはそう言うとユストの後孔に指を差し込んだ。
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