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【2】-6
周防智之。
一度だけ間近で視線を交わしたことがある。あの時は、別の意味で玲はひどく緊張していた。チラリと一瞬顔を見ただけ。さっきのようにこっそり観察する余裕は、一ミリもなかった。
(カッコいい人だよなぁ……)
玲はもう一度ため息を吐き、男の顔を思い浮かべた。酔いのせいなのか、吐息はどこか甘い香りを帯びたものになった。
カタン、と近くで何かが音を立てた。慌てて目を開き、周囲の様子を伺う。息を詰めて待ったが、それきり何も気配はしなかった。
かわりに少し離れた場所から、噴水の水音に混じって複数の高い声が近づいてくる。
「本当にこっちに来たの?」
「そう見えたのよ。もう、どこに行っちゃったのかしら……」
植え込みの向こう側を声が通り過ぎる。かすかな苛立ちが混じる声だった。
「主催者が雲隠れするなんて、ひどいわ」
「どういうつもりかしら?」
主催者。周防智之のことだろうか。
ラティス越しに様子を窺っていた玲は、声が遠くなるのを待って姿勢を戻した。
突然、誰かが玲の腕を掴んだ。思わず悲鳴を上げそうになる。
「……っ」
「し……っ」
大きな手が口を塞ぐ。見開いた目の先に見覚えのある端整な顔があった。
(すす、周防……、と、とも……)
「静かに。やっと、逃げきったところなんだ……」
壇上で挨拶をしていた『麗しの王子』がラティスの向こう側を見ている。
「ん……」
鼓動が速くなる。口を手で塞がれ呼吸が苦しい。
「んー……」
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