11 / 191

【2】-6

 周防智之。  一度だけ間近で視線を交わしたことがある。あの時は、別の意味で玲はひどく緊張していた。チラリと一瞬顔を見ただけ。さっきのようにこっそり観察する余裕は、一ミリもなかった。 (カッコいい人だよなぁ……)  玲はもう一度ため息を吐き、男の顔を思い浮かべた。酔いのせいなのか、吐息はどこか甘い香りを帯びたものになった。  カタン、と近くで何かが音を立てた。慌てて目を開き、周囲の様子を伺う。息を詰めて待ったが、それきり何も気配はしなかった。  かわりに少し離れた場所から、噴水の水音に混じって複数の高い声が近づいてくる。 「本当にこっちに来たの?」 「そう見えたのよ。もう、どこに行っちゃったのかしら……」  植え込みの向こう側を声が通り過ぎる。かすかな苛立ちが混じる声だった。 「主催者が雲隠れするなんて、ひどいわ」 「どういうつもりかしら?」  主催者。周防智之のことだろうか。  ラティス越しに様子を窺っていた玲は、声が遠くなるのを待って姿勢を戻した。  突然、誰かが玲の腕を掴んだ。思わず悲鳴を上げそうになる。 「……っ」 「し……っ」  大きな手が口を塞ぐ。見開いた目の先に見覚えのある端整な顔があった。 (すす、周防……、と、とも……) 「静かに。やっと、逃げきったところなんだ……」  壇上で挨拶をしていた『麗しの王子』がラティスの向こう側を見ている。 「ん……」  鼓動が速くなる。口を手で塞がれ呼吸が苦しい。 「んー……」

ともだちにシェアしよう!