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【3】-1

(何やってるんだろ、俺は……)  誰もいない小さな事務所で机に突っ伏し、玲は深いため息を吐いた。  慌てて飛び乗ったエレベーターも事務所に通じるバックヤードの廊下も、靴の音が響かないようフェルトや業務用のカーペットが敷いてあった。  それでも気づけよと自分をののしる。事務所の床の冷たいタイルを踏んで、ようやく靴を忘れてきたことに気づいたのだ。 (最悪……)  ベンチの下に押し込んであるので人に見られることはないだろうが、明日になったら宴会係に事情を話して回収してこなくては。  そんなことを考えながら、ロッカーを開けて店用の皮靴を取り出した。  通勤には軽くて歩きやすいクラリーノを愛用しているが、店に立つときは一張羅のこの靴を履いている。扱うものが高価な宝石なのだから、商品に釣り合うようないい靴を履きなさいと、転職をする時に姉が贈ってくれたものだ。  ハンガーに掛けてあったシャツとジーンズを取りだし、壁の時計を見た。  針は十時を指している。パーティーが終わる時刻だ。  一度戻ったほうがいいだろうかと考えていると、バッグの中でスマホが震える。手袋を外して画面を開いた。 『レイ、今どこだ?』  拓馬からだった。事務所に戻っていると答えるが、まわりが賑やかすぎるのか、よく聞き取れないらしい。どのみちそろそろお開きなので帰っていいと、端末の向こうで拓馬が大きな声で言う。 『俺は、今から取引先と飲み行く。悪いけど先に帰ってくれ。明日も仕事なのに、遅くなって悪かったな』  大丈夫かと聞かれて、大丈夫だとなるべく大きな声で答える。やはりよく聞こえないようで、『とにかく、助かった。お疲れ』と大声で告げて拓馬は電話を切った。 「お疲れ……」  ため息を吐いてスマホを置き、もう片方の手袋を外した。苦労してどうにか背中のファスナーを下ろし、ふんわりとしたアイスブルーのドレスから無事に脱出する。

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