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【3】-4

 新しい床には傷もなく、何か落ちていればすぐに目に付く。  床を這いまわり、抽斗という抽斗を全部開け、クリーニングバッグの中のドレスをひっくり返して縫い目の一つ一つまで探った。 「ない……」  呆然と青ざめた玲は、バックヤードの廊下をふらふらとエレベーターホールに向かって戻った。目を皿のようにしてカーペットの上を這い、通用口を出るとホールまでの床を瞬きもせずに凝視しながら速足で歩いた。  エレベーターホールで六基ある機械を睨み、そのどれに乗ってきたか思い出そうとする。慌てて逃げてきたせいで、はっきりとした記憶がなかった。  ガンガンと痛み始めた頭で必死に考える。アルコールのせいなのか、それとも焦りが大きすぎるせいなのか、いくら考えてもどれに乗ったのか思い出せない。  招待客が帰途につきはじめていて、エレベーターが降りてくるたびに人が溢れてくる。華やかなドレスが香水の香りとともに、玲を避けるように通り過ぎる。 「なあに、あれ……」  嘲るような笑い声に顔を上げた。すっと逸らされた視線が、直前まで自分に向けられていたものだったと気づく。  ジーンズに革靴を履いていることがおかしいのだろうか。足元に目をやり、シャツの袖口に付いているローズピンクの汚れに気づいて、はっとした。  慌ててトイレに駆け込み、鏡を見る。  男物の白いシャツの中を泳ぐ細い身体に、小さな女の顔が載っていた。シャツの袖口と同じピンクが頬を横切るように筋を引いている。濡れたような艶を持つ硬い髪は、形を失くしかけて中途半端に毛先を跳ねさせ、ラメか何かの人口の光がその毛先に散っていた。  白い頬や睫毛の長い大きな目は、ふだんから女の子みたいだとからかわれることがある。けれど、おざなりの化粧で汚れた鏡の中の顔は、玲の目にひどくみっともなく映った。  じわりと滲んだ涙と一緒に、顔を汚していた化粧を洗い流す。くしゃくしゃと前髪を下ろして、少しでもふだんに近い形に戻す。

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