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【4】-1

 何度かけても拓馬のスマホにつながらなかった。  帰ってくるのを待つしかないと、リビングのソファーで膝をかかえて顔を伏せていた。  2LDKの瀟酒な賃貸マンションは、拓馬が『SHINODA』の社長になってから借りているものだ。『周防レジデンシャル』で扱う高級賃貸物件で、対外的な印象を高める効果と交通の便のよさを考えて選んだようだった。  郊外の実家を離れた拓馬は、本社に近いこの場所に玲と一緒に住んでいる。正しくは、拓馬が一人で暮らす部屋に玲が居候している。  拓馬は玲と同じ社会人一年生だが、先代社長から継いだ社長業を堂々と務めていた。  拓馬の父親である先代は、ダイヤモンドの選別とカッティングの技術で業界に名を馳せ、田舎町の小さな宝石店だった『篠田』を、日本有数のジュエリーブランド『SHINODA』に育て上げた有能な人物だ。  彼は息子の教育にも熱心だった。拓馬に跡を継ぐ意思があるのを知ると、子どもの頃から自分の仕事を叩きこむようにして育てたのだ。  そして、可能な限り早い時期に事業を継がせ、自分がバックアップできる環境でトップの仕事を覚えさせたいと、入社早々、拓馬を社長に就任させた。  自身は会長職に退いて、今も目を光らせている。古くから苦楽をともにした役員たちも心得ていて、若い拓馬を侮ることなくしっかりと支えている。『SHINODA』は順調に新しい時代を歩み始めていた。  一方、大学卒業とともに憧れの企業に就職した玲は、最初の新人研修で上司とトラブルを起こして辞表を書かされた。「一身上の都合により」たったひと月足らずで無職になった玲を、「うちでよければ」と雇ってくれたのが拓馬だ。 『玲なら、普通に入社試験受けても採ったさ』  そんなふうに言ってくれたが、やはり幼馴染のコネを頼ったことに変わりはない。  その上、就職とともに実家を出てしまった玲に、最初の会社ほど給料は出せないし部屋も余っているからと、自分のマンションに住めばいいと居候までさせてくれている。  いくら兄弟のように育ったとはいえ、おんぶに抱っこの状態が情けない。  だから、玲は、拓馬に頼まれたらどんなことでも引き受けようと思っていた。拓馬は恩を盾に何かを強要する人間ではないけれど、何かあれば、玲はその恩を返さなければいけないと肝に銘じていた。

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