30 / 191
【7】-1
ホテル一階のブランドストリートには世界の一流品店が軒を連ねている。
隣接するショッピングモールや美術館、コンサートホールから流れてくる客足も、そこに並ぶ店名ロゴを目にするや、敷居の高さに怯えて何割かは足を竦ませて引き返してゆく。
足を踏み入れたものの各店舗の前で尻込みする客がそのまた何割か。
最終的にスタッフが声をかけるのは、ほんの一握り。いいか悪いかは別にして、周防ホテルのブランドストリートはそういう場所だった。
九割近くを女性が占めるショップスタッフの中で、本社付男性職員である玲には、新人とはいえいくつか特殊な業務が与えられていた。
年齢が若いことと容貌のせいで、百戦錬磨の販売員からはペットのように扱われることも少なくないが、会議や対外的な案内役などでは玲の活躍の場は多い。
給料に歩合が反映されるベテラン販売員が、余計な仕事を玲に押し付けている節もなくはない。
「玲ちゃん、早速だけど、今日は周防の社長が来店するから、お相手よろしくね」
十時前に出社すると、玲と一緒に本店から異動になった店長の葛西かさいがニッコリと告げた。
ホテルのリニューアルに伴ってブランドストリートの店舗も数店舗の入れ替えがあった。派手な催しで大騒ぎすることはないが、オープン初日ということもあり、新規の店を中心に周防ホテルの社長が視察に来ることになっている。
「面倒なこと頼んでごめんね」
「いいえ」
玲は笑顔で頷いた。
拓馬や拓馬の父に鍛えられたせいで、さまざまな地位にある相手との対応が、玲はあまり苦にならない。
特に嫌だとも思わず、午前中の最後のほうだと聞かされた順番を、落ち着いた気持ちで待っていた。
はずだったのだが……。
「こんなところにいたのか……」
ともだちにシェアしよう!