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【16】-2

 いいえと笑う女将の後ろに、朱鷺(とき)色の着物を着た仲居が控えていた。  仲居の案内で、竹林の中を巡る長い渡り廊下を進んでゆく。次の間のある和室に通され、奥座敷に据えた座卓に向かい合って座った。障子を開いた窓の向こうに紅葉(もみじ)の枝が掛かる小さな池が見えた。  石の灯篭に照らされた水面がきらきら光る。白銀と赤の錦鯉が鮮やかに尾を揺らして泳いでいた。 「お酒は、何か召し上がりますか」 「飲めるんだろう?」  周防に聞かれて、頷く。  周防は、食前酒としてシャンパンをオーダーした。 「意外と合うぞ」  先付の香合と一緒に運ばれてきたのはピンク色のグラスだった。仲居が「モエ・エ・シャンドンでございます」と言った。  玲はグラスを凝視する。 (モ……、モエ・エ・シャンドン……? しかもピンク色……!)  なぜ、こんなに高い酒を。  姉の披露宴の時に、最初の乾杯で口にした特別な一杯がモエ・エ・シャンドンだった。あの時は金色がかった真珠色で、今、目の前にあるのはピンク色。 (確か、ピンクのは、三倍以上のお値段だった気が……)  目の前の男のくつろいだ様子を目にし、金のことを考えるのはもうよそうと思った。 「あ、でも、車は……?」  周防が自分で運転してきたことを思い出し、慌てて聞いた。 「俺だけ飲むわけには……」 「帰りはタクシーだな。クルマは、店の者に届けてもらう」

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