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【16】-3

 運転代行というものだろうか。 「運転手さんとかは、いないの?」  拓馬は会社のクルマを使っている。仕事の時や酒の席への行き帰りは、必ず運転手にハンドルを任せていた。  周防グループの規模から考えると、智之専属の運転手がいてもおかしくないと思うのだが。 「プライベートで会社のクルマを使うのは、あまり好きではない」  つまり、今はプライベートだという意味だ。そう玲は認識した。  プライベートで食事に誘われるとは、どういうことだろう。じっと見つめ返していると、周防が「とりあえず、食べよう」と促す。  先付に箸をつけると、薄味なのにしっかりとしたうまみを感じ、玲は思わず呟いた。 「美味しい」 「それは、よかった」  周防がにこりと嬉しそうに笑う。王子よりもただの人間に近い笑顔だ。玲も嬉しくなって笑みを返した。  朱塗りの半月盆に載った前菜が運ばれてくる。地鶏の麹漬け、真蛸(まだこ)を軟らかく煮たもの、憶良(おくら)木野子(きのこ)の酒蒸し、(はも)の寿司一貫が、一幅(いっぷく)の絵のように美しく盛り付けられていた。  一緒に運ばれてきたのは白ワインだ。周防家が長野に所有するワイナリーのものだと仲居が説明した。 「和食にも、とても合いますよ」  仲居の言う通り、辛口の白はスッキリとした飲み口が前菜や吸い物によく合った。  吸い椀には松茸。お造りは、(たい)(かつお)南鮪(みなみまぐろ)の中トロが鶴を模した皿に盛られて華やかだった。口に入れると蕩けるような甘みが広がる。 「はあ……」  空腹も満たされ、玲は満足のため息を吐いた。周防が笑う。

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