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【16】-6
鰹の雲丹 醤油焼きと和牛のローストビーフ、安納芋の蜜煮がはじかみを添えて供される。周防が玲のグラスにワインを注いだ。
「それほど多く造っているわけではないが、これもなかなかいいワインだ」
天候のいい土地で造られているから、と付け加える。ライト寄りのミディアムボディ。飲みやすく口当たりのよいワインだった。ローストビーフによく合う。
芳醇な香りとともに、懐かしい光景が瞼の奥に広がった。キュランダに続くレインフォレストと森を渡る二頭の青い蝶……。
(オーストラリア……。また、行きたいな……)
「うちのホテルを……」
ふいに周防が呟く。
「なぜ辞めた?」
玲は視線を上げた。
「意欲もあったし、研修中の評価も高かったのに……」
「あの……、俺が、周防にいたのを、知ってたの……?」
「当たり前だ。何度も、聞いただろう。僕を、覚えていないのかと」
確かに聞かれたけれど。
「でも……。だって……、面接の時にしか会ってないのに……」
「それでも、忘れるわけがない」
そうだろうか。ふつう忘れると思う。毎年どれだけの採用希望者を面接しているのかと聞きたくなる。
しかし、周防は続ける。
「忘れるわけないんだ。やっと会えたんだから……」
「やっと……? あの、それって、どういう意味……」
周防は黙って玲のグラスにワインを注いだ。わけがわからないまま、玲はそれを口に運ぶ。
「それなのに、きみは……」
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