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【16】-7

 なぜ辞めたんだ、と周防は繰り返した。  玲はうつむいた。辞めたくて辞めたわけではなかったのだ。 「研修が、嫌だったのか?」  強く首を振る。  研修は楽しかった。途中で、あんなことさえなかったら……。 「……篠田の、あの男のせいなのか?」 「拓馬……?」  拓馬がどうして関係するのだろう。顔を上げて目で問えば、周防は険しい表情を玲に向けていた。  それきり周防は何も言わなくなった。  ライムと抹茶塩を添えた穴子(あなご)と獅子唐、松茸の天麩羅(てんぷら)。〆の松茸釜飯、柿とバニラアイス。それらを味わいながら、周防の様子を窺う。 「あの……」 「うん?」 「美味しい、です」 「なら、よかった」  こんな美味しい食事、もっとちゃんと味わわないとバチが当たるぞと言いたくなった。 (急に、どうしたんだよ……)  食事を済ませて、周防と一緒にタクシーに乗りこむ。  周防もそうなのだろうが、玲もアルコールには強いほうだ。それでも、二人で二本のワインを空けほかにシャンパンも飲んだとなると、そこそこ酔いが回っていた。  ネックレスの件があってから、あまりよく眠れていない。その上、何事かと思うような忙しい一日を過ごした。  ハイヤーと呼んだほうがよさそうな、ひどく乗り心地のいいクルマに揺られていると、自然と瞼が落ちてくる。 「あいつと、暮らしていると言ったな」  周防に聞かれて、こくりと頷く。

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