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けれど、周防が言っていたのはこの伝説のことではなさそうだと、なんとなく思った。周防は「なんちゃって伝説」をありがたがる種類の男ではない気がした。
マンションに戻ると拓馬が出社するところだった。
「ああ、玲。ちょうどよかった」
あとで電話をしようと思っていたのだと、拓馬は言う。
「悪いけど、今日、出勤に変えてもらえないか」
「うん。いいけど、葛西さんか高山さんに何かあったのか」
どちらも子どものいる女性だ。本人でなくても、いろいろ心配である。
「そうじゃないんだ。昨日の様子を知ってるなら、話が早い。あの勢いが今日も続きそうなんだよ」
シンデレラ騒動でにわかにダイヤモンドや『SHINODA』への興味が高まっている。店を覗いてみたい、買えそうなものがあれば買いたいという欲求を募らせた人が、実際に足を運んでいるという。
商品を手にした人がSNSで報告すると、まるで競うように、我も我もと購買意欲を掻き立てられるらしい。そう拓馬は続ける。
「波が来てる。ここは乗るしかない」
「わかった。そういうことなら、出るよ」
「助かる。俺は、商品の補充を考える。ストックしてある石もどんどん加工させるから、売れるだけ売ってくれ」
了解、と頷いて、玲のために与えられている部屋に向かった。拓馬は玄関を出てゆく。
新しいシャツとネクタイに素早く着替えて、部屋を出た。
拓馬の言う通り、前日同様、店には次々と人がやってきた。三人体制でようやく回せる状況で、通常通り二人対応で営業していたら、また葛西は昼を抜く破目になっただろうし、接客の手も足りなかっただろう。
秋の新作や、クリスマス商戦に向けた定番商品が補充されていた。一年のうちでも在庫に余裕のある時期で幸いだった。ふだんならば、できるだけ減らしたいはずの憎い店内在庫が、この日ばかりは売り上げにつながるありがたい宝の山に見えた。
葛西と高山とともに必死に客対応をしながら、玲はふとあることに気づいた。
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