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 二週間という時間は、各都市をまわるのにも十分な長さだったが、玲が小学生の間は、父と母は滞在型の旅を選ぶことが多かった。  一つの都市に腰を据え、周辺の街の空気や土地の文化を感じ取りながら生活するように滞在する。そういう旅は、せわしなく動き回る旅とは違う、じっくりと深みのある経験ができると考えていたようだ。  それまでにもいくつかの国を旅していたが、一番長い時間をすごしたケアンズは、玲にとって特に好きな場所になったのだと思う。  最初のアクシデントから親しくなった現地のポーター。玲は彼に懐き、帰国が近づくと彼と別れるのが嫌だと泣いた思い出がある。  ポーターも玲を可愛がってくれた。自分の休暇の日にどこかへ連れていってくれたこともあった……。  ふいに記憶が曖昧になった。  楽しかった旅の思い出は、なぜか途中でぷつりと途切れる。大切な一部分だけが、なぜかぼんやりとした霧の中にあるのだ。  あのポーターの名は、なんといっただろうか。明るい色の髪と、黒い瞳を持つ背の高い青年だった。  時計を見ると昼をまわっていた。  地下鉄の駅の前で足を止め、少し考えてさっきの店でケーキを二つ買い足した。地下鉄とJRを乗り継ぎ、郊外にある実家を目指す。  十二年前の写真は、データではなくプリントした状態で整理されている。実家にあるアルバムを見ながら、母と姉にあの頃の思い出話を聞いてみたくなった。  玲が忘れていることも二人は覚えているはずだ。  駅を降りて十五分ほど歩き、住み慣れた街並みの中に立つ。そこにあった古い家は今はなく、建て替えたばかりのピカピカの二世帯住宅が玲を出迎えた。  玲が家を出てから古い家の解体を始めたので、新居が完成したのは七月だ。まだ引っ越して二ヶ月余り。姉は妊婦なので、母が二世帯分の片付けに追われていた。  昔のアルバムを見たいというと、古い写真やビデオはまだ納戸の箱の中にあると言った。 「急に、どうしたの?」

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