106 / 191

【21】-4

『さんはいらないよ』 『トモ』 『玲……』  好きだよ。笑って髪を撫で、頬や唇にいくつもキスをしてくれた。軽く触れるだけの、挨拶のようなくすぐったいキス。 『トモ、大好き』 『玲……』  最後の日、どこに行きたいか聞かれた玲は、もう一度バタフライサンクチュアリに行きたいと言った。  トモは嬉しそうに頷いた。  数日前に家族と乗ったスカイレールのゴンドラに、その日はトモと二人だけで乗り込んだ。  レインフォレストの上空を鳥のように渡る。  深い緑の森を見下ろしていると、二頭の青い蝶が目に入った。 『トモ、見て』 『ああ、オオルリアゲハだ……。別名、ユリシスともいう』 『ユリシス……?』 『幸福の蝶だよ。しかも、あれは(つがい)だ』  ユリシスは美しい蝶だ。その姿を見ると幸せになれるという言い伝えがあると言う。 『ただし、それは観光客のためにできた、とても新しい言い伝えみたいだけど』 『嘘なの?』 『嘘とは違うかな。綺麗なものを見て、きっといいことがあるんだと信じたり、そうだったらいいなと願ったりする気持ちは、本物だと思うよ』  それからなぜか、トモはシンデレラの話をした。  美しいドレスもかぼちゃの馬車も、魔女が魔法で作り上げたいわば「偽物」だけれど、彼女の心の奥にあった王子に会いたいという気持ちは本物だった。

ともだちにシェアしよう!