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【21】-8

『忘れていても、特に困らなかったからなんでしょうけど』  母と姉の話が終わった時、玲が聞いたのはただ一つのことだった。 『トモは、どうなったの?』  母と姉は顔を見合わせた。  小さく息を吐いて、姉が答えた。 『あの時の怪我で亡くなったみたい。帰ってきてすぐに、お父さんがケアンズのホテルに電話をかけたてんだけど……』 『彼はもういませんて言われたんですって……。正確な名前や、ご遺族の住所とかも教えてもらえなくて……。結局、お礼もお詫びもできないまま。私たちもずっと心が痛いままなのよ』  そう言って、最後にもう一度、母は玲に『本当に、もう大丈夫なの?』と聞いた。  うまく答えられずに、そっと視線を窓の外に逸らした。夾竹桃キョウチクトウの花が、以前と同じ場所で風に揺れていた。  ミネラルウォーターに口をつけ、けれど、と玲は思う。  トモは、やはり周防ではないのだろうか。  周防は何度も、「覚えていないのか」と玲に聞いた。周防がトモならつじつまが合う。  けれど、と再び思う。  それを確かめ、もしそうだったとしても、何がどうなるというのだろう。  ユリシスの青く光る翅の色が脳裏によみがえる。日を弾いて、深い森の緑の上で鮮やかに輝く深い青。  一緒に見れば、その人は運命の相手だという。  けれど……。  誰かが勝手に作った言い伝えは、魔法が解けた馬車が簡単にかぼちゃに戻るように、白馬がねずみに戻るように、さらさらと音を立てて砂になる。 

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