120 / 191

【23】-4

 中に誰もいなかったら間抜けだぞと、声を落として拓馬が呟く。絶対いる、と周防が答えた。 「すぐと言ったのに、きみは来るのが遅い」 「俺だって、そんなに暇じゃないんだよ。特に今は、突然のブームで会社全体がてんやわんやなんだからな」 「いいから、説得を続けろ」 「命令かよ」  コンコン、と再びドアを叩き、「玲、いるなら出てこいよ」と拓馬が繰り返す。 「王子が、ネックレスを返すって言ってる。『サンドリヨンの微笑』だ。俺を呼びつけたんだから、とっとと俺に返せばいいのに、玲じゃなきゃ返さないって言い張るんだ。さっぱり意味がわからない」  最後はため息を吐くように言葉を投げ出す。 「玲……」  周防の声が聞こえた。 「いったいどうしたんだ。約束しただろう、食事をしようって……」 「……したけど」  囁くような小さな声で答えた。「いたのか」と拓馬が驚く。 「出ておいで。レストランはキャンセルしたけど、僕の部屋で一緒に食べよう。それから、少しだけ……、先に進もう。僕が言ったことを覚えてる?」  こんな時なのに心臓がきゅっと甘く鳴いた。 「なんで……」  なんで、そんなこと言うんだよ。 「出ておいで、玲」 「やだ……」 「どうして? 何を拗ねてる?」  甘い声で静かに聞かれて、泣きたくなった。  この人は、トモだ。

ともだちにシェアしよう!