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【24】-1
雨の匂いがした。玲を包みこんだ仕立てのいいスーツは、水を吸ってぐっしょりと濡れていた。
「……トモ?」
「玲……、思い出したのか?」
こくりと頷き、ぎゅっと背中を抱き返した。
「死んだって、言われた……」
「ああ……。いろいろ、事情があった」
跡取り息子が傷害事件に巻き込まれたことを、周防家は表沙汰にしたくなかった。身分を偽って、彼がケアンズのホテルで働いていたことも。
「悪かった。玲が、ショックであんなことになっていたのに、僕は知らなかった」
イチイの実の汁がこびりついた頬を周防が擦る。
「よく、顔を見せて」
胸がつかえて、涙が溢れた。
「玲……」
周防が唇を重ねようとした時、地獄の底から這い上がる亡霊のような声で、拓馬が「おい」と唸った。
「お取り込み中、悪いんだけどな。ちょっといろいろ説明してくれないか」
雨の中をスーツと革靴で走らされた者として、詳しく聞く権利があると拓馬は主張した。
「拓馬、走ってきたんだ……?」
「こいつが、メインエントランスや社用車はダメだとか言うからだ。おまけにうちの住所を聞いて、タクシーを拾うより走ったほうが速いとか言いだして……」
ありえないだろと、両手を広げ、ぐっしょりと濡れた仕事用のスーツを玲に見せる。
たとえハッタリでも外見は大事だと、住む場所や運転手付きのクルマと同様にこだわりを持って拓馬が選んだフルオーダーの高級スーツである。
「エントランスには、まだ人がだいぶいたからな」
玲を抱いたまま、周防が言った。
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