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【29】-9

 背中から腕を回した周防が、ぺろりと(うなじ)を舐めた。ん、と鼻を鳴らすと左右の手が胸のあたりをまさぐる。 「湯船に花を浮かべたのは、初めてだな」  軽く耳を噛みながら周防が囁いた。 「そうなの……?」 「憧れては、いたかもしれない……」 「憧れ……」  いつか恋人が出来たら、いろいろしてみたいことはあったと笑う。 「恋人……、いなかった……?」 「……ああ」  玲の乳首をまさぐっていた指が、不埒な動きを止めた。 「嘘でしょ」 「嘘じゃないよ」  三十二年間、全く何もなかったとは言わないし、親しくなった女性も何人かはいたけれど……、と歯切れの悪い言い訳のようなことをぼそぼそと言う。  玲が身体の向きを変えると、それでも、基本的に仕事が忙しかったし、少なくとも玲に抱いているような感情を持った相手はいなかったと、最後のほうは唇を寄せながら甘い声で言った。 「たぶん、無意識に玲を探してた……」  囁いて口づける。  誰かと関係を深め、いつかは身を固めなければと思うこともあったけれど、いざとなると、どうしてもそんな気持ちになれなかったと続けた。 「なにしろ、玲とは、ユリシスを一緒に見た仲だしな」  玲の頬を撫でながら、にこりと笑う。 「だったら、もっとちゃんと、探してくれたらよかったのに……」  そうすれば、もっと早く周防に会えたのにと頬を膨らませた。 「すごく、会いたかったんだよ」

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