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突然の 発熱、おいら 死んじゃうの?

 異世界人――そう言った老師の言葉に、ラドバウトもヘイスも驚きを隠せない。  先ほどのマルセルよりも大きく目を見開いて、ハチを凝視した。  一方のハチはというと、三人の会話が聞こえているはずにも関わらず、どこか上の空で一同を見つめている。心なしか、先ほどよりも元気がないようだ。 「異世界人といえば、あの伝説の?」 「そうじゃ。数多(あまた)文献に残されている、(いにしえ)の存在じゃ。この世界に住む者に幸せを(もたら)してくれる人物。あの文献には、小柄ながら膨大な魔力を持ち、黒目黒髪で象牙色の肌をした人物とのこと。この子はその特徴にピタリ一致するではないか」  よく見ればたしかに黒目、黒髪。肌はこんがりと焼けているが、この世界の住民とは全く違う色をしている。 「よくぞまぁ、面白い者を見つけたものじゃ。フォッフォッフォッ。これは早急に陛下に奏上せねばの」  もしもマルセルの言葉が本当ならば、すぐにでも国王に報告する必要があるだろう。  何せ相手は幸せを齎すと言われる不思議な存在。数百年前に現れた異世界人は渡来後、当時の国王と協力してこの国を豊かな大国に導いてくれたらしい。  そんな凄い存在が現れたのだ。ハチはこの国にとって大きな宝ともなり得るため、国王への拝謁は当然のことと言えよう。 「しかし……」 「何を迷うておられる」 「ハチの魔力量は人間とは思えないほど。万一にも魔族だった場合を考えますと……」 「じゃが水晶玉の測定では、黄色く光ったと聞きましたぞ」 「それはそうなのですが……」  検査に使われた水晶玉は、獣人が触れば赤く光り、精霊は白、魔物は黒、そして人間は黄色い光を放つようになっている。その判定能力は百発百中。一度も外したことはない。  そしてハチが触ったときに出たのが黄色い光。間違いなくハチは人間だと言うことが証明されたと言うことなのだ。  しかし、国の(おさ)たる王の前に出すともなれば、少しの不安も危険も取り除きたいところ。  ゆえにラドバウトは激しく逡巡したのである。  そんな彼をさておいて、ハチを眺めていたマルセルが意外なことを言い出した。 「……この子ども、魔力を放出する“出口”がないようじゃ」 「はっ?」  この世界に住まう全ての生き物に魔力が備わっていることは前述のとおりなのだが、魔力は血液同様に心臓内で生成され、全身を駆け巡っている。  その魔力を上手い具合に操ることで、魔法を使えるというわけだ。  ただし、魔力量は個人差がある。  量の多い者は訓練次第で防御や攻撃、治癒などの高等魔法を使えるようになるが、逆に少ないと小さな炎やコップ一杯の水を出す程度の、簡単なことしかできない。  ちなみに聖バームスロット王国では、コンロや水道などの家庭用器具は全て、魔力を流して起動させる仕組みとなっている。だが通信機器や映写機などの一部製品は、大量の魔力を流し込む必要があるため、使えるのはごく一部の人間に限られるのだ。  もしも無理に使おうとすれば、体内の魔力が急速に激減して利用不全からショック状態に陥り、最悪の場合死に至るケースがある。  では魔力量が多い方がいいのかというと、実の話そうでもない。むしろやっかいなのは、増えすぎた場合なのだ。  体内で生成された魔力を体内に溜め込みすぎると、自己が持つ許容量を大幅に超えるため、体が限界を訴える。発熱、嘔吐などの不調に見舞われ、あっという間に体調を崩して、こちらも死に至る場合もあるのだ。  ただしそれを“出口”から上手く排出――例えば一日数回、家庭用器具を使用するなどして魔力を出してやれば、大事に至ることはない。   「ハチにはそれがない……と?」  “出口”を持たないなんて、そんな存在は聞いたことがない。  マルセルの言葉に、ラドバウトは混乱した。 「マルセル殿の見間違えでは? 服の下に隠れているとか」 「魔力は目に見えるものではなく、感じるものじゃ。どんなに服を着込んでいようと、毛皮を纏っていようと、熟練の魔道士であれば回路のありかはすぐにわかる。そうじゃな、ヘイス」  ヘイスは顔を強ばらせながら首肯した。 「団長、この子どもには確かに魔力の出口が見当たりません」 「と言うことは?」 「これだけの魔力量を持ちながら、排出が一切できないと言うことです」 「魔法を使うことは?」 「“出口”がない以上、魔法も使えないでしょう」  一応ハチにも魔法が使えるか確認を取ってみたが「わからない」と答えるばかり。  それもそのはず。江戸には魔法なんて存在しないのだから。 「たしか過去に存在した異世界人も、魔力の“出口”を持たなかったと書いてあった気がしたのぉ」 「それではすぐに死んでしまうのでは?」  こんな小さな子どもが人生の楽しみも知らずに死んでしまうなんて……ラドバウトはハチが哀れで仕方ない。 「いや、対処法があったはずじゃ。しかし、なんじゃったかな……うーむ、ド忘れしてしまったわい。まあ、あの書物を紐解けばわかることじゃ。後で確認してこよう」 「ありがとうございます!」  これでハチの命がなくなることはない。  安堵したラドバウトがふとハチに視線を移すと、なぜかグッタリした様子でソファに沈んでいるではないか。 「ハチ!? おい、どうした!」  慌ててハチに触れると、体が驚くほどの熱を持っていた。   「水に濡れたせいか?」  先ほどハチの体は驚くほど冷えていた。  聞き出した言葉を信じるならば、ハチは随分水の中にいたらしい。すぐに着替えさせたとはいえ、熱を出してもおかしくないだろう。  ラドバウトはそう考えたのだが。 「いや、違うようじゃ」  マルセルはラドバウトの言葉を即座に否定した。 「これは恐らく、魔力過多の弊害じゃろう」 「まさか!」 「この子どもの体内を、あり得ないほど膨大な量の魔力が駆け巡っているのが、感じられるでな……このままではいつ死んでもおかしくない」 「死ぬだってぇ!?」  ラドバウトの言葉に、ハチはギョッとした。  突然上がりだした体温。グルグルと回る世界。腹の底からこみ上げてくるような嘔吐感。  これら全て覚えがあった。  魔力だのへったくれだの難しいことは何一つわからないが、この感覚だけは充分に理解できる。  お化けや物の怪に取り憑かれたときに決まって感じる、あの体調の悪さだ。 ――そう言や随運堂(ずいうんどう)が、悪い()に取り憑かれてるから早く祓った方がいいって言ってたっけ。  しかし今ここに随運堂はいない。  ハチに取り憑く()を祓える者はいないのだ。 「そしたらおいら、このまま死んじまうんですかい?」  引っ込んでいた涙が再び溢れてくる。 「死にたくねぇよぉ」とおいおい泣き出す姿に、ラドバウトだけでなくマルセルもヘイスも、なんと声をかけたらいいかわからない。 「なぁ、誰か何とかしてくれよ。随運堂みてぇに悪い()を祓える人はいねぇんですかい?」 「ズイウンドー? キ?」  聞いたことのない言葉に、首を捻るラドバウト。  しかしそれを聞いたマルセルの目が、喜色に輝いた。 「これ、坊。おぬし、これまでにもこういった経験があって、その都度対処をしていたのか?」 「おいら、悪い()に取り憑かれやすいから、いつもお祓いしてもらってるんでさ。随運堂が一番なんだけどよ、あいつはここにいないから坊さんでもいいんだ。誰か()を調伏できる人を呼んでおくんなさい!」 「チョーブク? 言葉の意味は後で聞くとして、それはどのようなものなのじゃ?」 「随運堂はおいらの背中にお札を貼って、ウンチャラーカンチャラーキエェイ! って唱えながら背中を叩けば、悪い()もどっか行っちまうって寸法でさぁ」 「ウンチャ……? よくわからんが、ちょっと試してみるかの」  マルセルはハチの背に回ると「ウンチャラーカンチャラーキエーイ」と唱えて、その背を叩いた。しかし。 「……駄目じゃ」  当然のことながら、ハチの熱は下がらない。  そればかりかますます具合は悪くなる一方。ついにハチは、グッタリとしてソファから起き上がれなくなってしまった。 「こりゃいかん、早くしないと本当に手遅れになってしまう」 「でもどうしたらいいか」 「ヘイス。今すぐ書庫へ行って、異世界人のことが書かれてある本を取って来るのじゃ」 「はい!」  マルセルから本の場所を聞いたヘイスは、一目散に書庫へ向かって走って行った。  顔を真っ赤に染めて、フゥフゥと荒い息を吐くハチ。  今にも死んでしまいそうな様子に、ラドバウトの胸がジクリと痛む。

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