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第3話

 名取のアシスタントという名目での撮影参加だったが、カメラマンと話をしたり役者たちに挨拶するのも名取で、優月は壁の側で立っているだけ。 まるで舞踏会で踊る相手がいない壁の華というのはこういう気持ちなのかと思っていると、役者たちと話していた名取に手招きされ、彼らとほんの少しだけ話をさせてもらうことができた。  至近距離で推しのオーラを浴びて卒倒しそうになったのを何とか踏ん張った自分は偉い。今日の夜はちょっとだけ高いおかずを買って帰ろうと誓った。 そんな夢のようだった撮影が終わったその後、直帰ということもあり家で余韻に浸ろうと思っていたのに、『ちょっと付き合いなさい』と問答無用で名取に連れて行かれたのは個室タイプの居酒屋だった。  今日の仕事のダメ出しでもされるのかと怯えている間に注文した飲み物と食べ物が届き、これ以降は机の上に置かれている呼び出しボタンを押さない限り、店員は来てくれない。完全に名取と二人きりな空間だ。 「まずは今日の仕事に乾杯しましょ」  グラスを掲げる名取に遅れてグラスを持つ。ちなみにグラスの中身は名取がビール、優月はジンジャーエールだ。成人しているのだがら飲めばいいのにと言われたのだが、こんな緊張している状態でアルコールを入れたらぶっ倒れかねないので止めた。 「は、はい……お疲れさまでした」  コツンと控えめな音が重なったグラスから聞こえ、名取が形の良い眉をあげる。 「辛気臭いわねぇ、推しに会えたのにもっと喜びを表現できないの!?」 「え……? これ、反省会じゃ……」 「反省会なんてやらないわよ。アタシ、プライベートに仕事を持ち込むなんてヤボやなことはしない主義なの」  それならそうと先に言って欲しかった。  一気に緊張感が消え、大きなため息が口から零れる。 「もしかして……アタシに怒られると思ってたの? だったら飲みになんて誘わないわよ。飲み屋に来た時点で察しなさい」 「すみません、こういうのに慣れてないんで……」 「あんたって本当人間関係ダメダメっぽいわよね、会社に来てるの週三くらいだし、学校まだ 行ってるんでしょ? 友達とかちゃんといるの?」 「います……けど、飲み会とかは参加してないので」  専門学校なので同じ道に進む人間が殆どで話しも合うけれど、飲み会の空気が苦手だと友人たちの前で零してからあまり誘われなくなった。  飲み会以外に焼き肉を食べに行くとか、映画を見に行ったりとかはしているので友人関係は良好のはずだ。だが、その区別をつけているというのが名取的に駄目ポイントだったらしい。 「信じらんない……飲み会こそ本音を語り合える場所でしょ! 萌え語りとかしたりしないの?」 「面と向かってなんて嫌ですよ。ネットで十分ですし……」  ただでさえ、優月の推している役者は同性なので偏見を持たれやすいし、話題的に萌え語りをしようと思うと女性と話をしなくてはいけなくなる。  そんなハードルの高いことをやるくらいなら、顔の見えない画面の中で語るだけで十分だ。 「そう……じゃあ、これからはアタシとたーっぷり萌え語りができるわよ。まずはそうね、沼にハマったきっかけの話からしましょうか! アタシはねぇ……」  お酒というのは人を饒舌にさせる。  そこから二時間近く延々と名取がいかにして舞台にハマったかを語られ、それに口を挟むことも退席することも許されなかったので、スマホゲームを片手に話を流す様に聞いていると、何杯目かの空になったビールグラスを勢いよく置く音が聞こえた。  そろそろお開きかと思ってスマホから顔をあげると、据わった瞳がこちらを見つめている。 「……決めた」 「あ、ラストオーダーにしますか?」 「違うわよ! アタシ、決めたわ。あんたを映太のファンの見本に変えてあげる! やっぱりこんなモサいのなんて駄目よ!」 「ええ……前に格好は気にしないって言ってたの、嘘ですか?」 「考えてもみなさい! ファンがモサいとその役者でさえモサいと思われるのよ! 推しがそんな風にバカにされるの、耐えられる?」 「それは……」  どんな格好をしていても、役者を好きな人間に優劣はないと言いたいけれど、悲しいことに見てくれで判断されるのが今の世の中だ。  ただでさえ女性が多い舞台に出ている役者のファンなら、身なりにも気をつけろと名取は言いたいのだろう。  でも、優月は別に不潔にしているわけではないし、身なりだって前髪が長いくらいでそこまで嫌悪感を抱かせるレベルではないと思うのだけれども、名取の基準からは外れているらしい。 「口ごもるってことは、思うところはあるんでしょ?」 「う……」 「自分で変える一歩が踏み出せないなら、アタシに任せなさい!」  酒に酔っているせいか名取の瞳は熱っぽく、至近距離で見るには刺激が強すぎる。  これだけ酔っているのなら、明日にはきっとこんな約束は忘れているだろう。  ならば、今はこの場を切り抜ける為に素直に頷いておけばいい。  そんな打算が優月の頭に浮かぶと同時に頷いていた。 「ふふ、決まりね。これから楽しみだわぁ~」  甘ったるい笑みを浮かべ名取は空のグラスを掲げる。 「未来のあんたに乾杯しましょ。ほら、グラスあげなさいよ」 「……乾杯」  とっくの昔に空になっていたグラスをかかげ、角を合わせる。  空っぽのグラス同士の乾杯の音は、この約束が冗談だというようにずいぶんと軽く聞こえた。

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