2 / 8

オモチャの斎木

 兄はユキにを与えてくれる。  ユキが希望した通りのオモチャを。  オモチャは大概が、二十代~三十代で、上背があり、逞しい体つきをしている。それがユキのリクエストだからだ。  オモチャはユキの体を好きなように(いじ)るし、ユキもまた、オモチャに抱かれるのは好きだった。  どのオモチャも初めてユキの服を脱がせたときに、ぎょっとした表情を見せる。  けれどすぐにそれは気にならなくなるようで、ユキを抱くうちにオモチャたちは、ユキの体に溺れるのだった。  オモチャはユキに、真剣に付き合おうとか、外でデートをしようとか、くだらないことを語ってくる。オモチャが熱を上げるのに反比例して、ユキはオモチャにすぐ飽きる。  そしてその度に、兄にお願いして新しいオモチャを用意してもらうのだ。  玄関先でユキがおねだりをした数週間後に、利樹が調達してきたオモチャは、いままでのどのオモチャよりも背が高かった。  ドアを潜るときに、お辞儀をするように頭を下げて。  大柄な彼は、ユキのテリトリーに入って来た。  男の背後には、兄が居た。利樹は、部屋と廊下の境界で爪先を止めて。 「……ダチの、大学の知り合いで……斎木(さいき)」  と、そこからぼそりとオモチャを紹介してきた。  斎木が怪訝な顔で、部屋に入って来ない利樹を振り向き、短い髪をがしがしと掻いて兄へと問いかけた。 「それで、バイトの内容は家庭教師って聞いたが、なにをメインに教えればいいんだ?」 「……細かいことは、勇樹と決めてくれ。日数とか、時間とか……言ってくれれば、金は振り込むから」 「おい、そんなふわっと決めることか。ちゃんと……」 「いいから! 後は勇樹に聞けって!」  ヒステリックに怒鳴って。  利樹が飛び退るように体を引き、ドアを乱暴に閉めた。  バタン! と大きな音を立てて閉じたそれが、反動で。  ユキはまろぶように足を踏み出し、ドアレバーを掴んで思い切り引いた。カチャ、と部屋のドアは完全に閉じられた。隙間は一瞬でなくなった。  ほんの数秒にも満たない出来事であったのに、ユキの呼気は乱れていた。  ハァハァと肩を上下させてドアに取りすがっているユキを、ポカンとした表情で斎木が見下ろしている。  大きな深呼吸を二度繰り返して。  ユキは男を振り仰いだ。  逞しい二の腕と、男らしく整った顔。短く刈られた髪はスポーツマンそのもので、全身から雄の気配を感じた。  男らしい男、というのがユキの好物なのだった。 「こんにちは」  ユキがドアから離れ、斎木の前に歩み出て、男の前腕(ぜんわん)に手を置いて声をかけた。  男の眉は険しく寄せられたままで、 「さっきのはなんだ?」  と走り去った利樹を(いぶか)る声を聞かせた。 「お兄ちゃんとユキ、仲が悪いから」 「仲が悪い家族のために、わざわざ家庭教師を探したのか?」  問われて、ユキはムッと唇を尖らせる。  口答えをするオモチャは嫌いだった。ユキの思う通りにユキを抱く人形。それがオモチャの役割なのだ。 「ねぇ、先生」  ユキは伸びあがって、斎木のがっしりとした首に両手を巻き付けた。胸を合わせるようにして、体を密着させる。 「ただの家庭教師だ。先生なんて呼ばなくていい」  斎木が素っ気なくそう言って、ユキの手を振りほどこうと軽く肩を振った。  それを逃がさずに、男の顎先に、ちゅ、と唇をつける。  斎木の目が丸くなった。 「先生。ユキに、色々教えて?」  赤い舌先で、ちろり……とキスをしたそこを舐めると、髭の剃り残しだろうか、わずかにざらりとした感触があった。  男の大きな手で、肩の辺りを掴まれた。  強いちからで引き離され、ユキは仕方なく一歩下がる。  濃く形の良い眉の下で、鋭くなった双眸がユキを睨んでいた。 「なんのつもりだ」 「あれ? 先生って童貞?」 「家庭教師と聞いている」 「ただのカテキョにしては、時給いいな~って思わなかった? 先生も、お金に釣られて来たんでしょ?」  ユキは身じろぎをして、斎木の左手を振り解き、微笑を浮かべた。  マスカラなど塗らずとも長く濃い睫毛を瞬かせて上目遣いになれば、どのオモチャもユキの顔に見惚れるのだった。  しかし、斎木の眉間のしわはとれない。面白いな、とユキは思った。この男は、どんな顔をしてユキを抱くのだろうか。 「先生」  ユキは、危うげな高さの独特の声を意識しながら、甘く、男をそう呼んだ。

ともだちにシェアしよう!