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ユキの秘密
「先生」
ユキは、握った斎木の手をワンピース越しの下半身へと導き……男のてのひらを、股間へと当てた。
斎木がバッと手を引こうするのを、彼の手の甲に爪を立てることで引き留めて。
ユキは笑った。
「ユキのこと、女だと思ってるでしょ?」
斎木がひどく訝しげな表情で、ユキを見た。
ユキは腰を前に突き出す格好で、男のてのひらにそこを押し当てる。くに、くに、と拙 いような動きで、けれど淫靡に下半身を揺らして。ユキはふふっと笑みを零した。
「確かめてみる? ユキのここ」
斎木の眉がますます寄った。ユキの言葉の意味がわからないのだろうか?
最初はみんな、そんな反応をする。
ユキの性別を、女と信じて疑わない。
ユキがスカートをまくりあげ、男と違ってふくらみのない股間から、女物のショーツを取り去って初めて、オモチャたちはユキの体が常人とは違うことを知る。
男ではない……さりとて、女の形状とも違う。
混乱するオモチャたちはけれど、ユキが甘く誘うと興味本位からそこにむしゃぶりつき……そして、いつしかユキの体に溺れるのだった。
ユキは斎木の手を、スカートの中へ導いた。
男らしく整った彼の顔が、驚きに歪むところを見たかった。
斎木の太い指を。
ショーツの隙間へと差し込んで。
ユキのそこを、触らせた。
もぞり、と動いた手に性感帯を刺激され、「あ」と声が漏れる。
「……おまえ」
低い呟きが、斎木の唇から落ちた。
眉は寄せられたままで、驚きというよりはなにか、痛ましさをこらえるような顔だった。
面白くない反応だ。
ユキは掴んだ男の手首を軽く揺さぶった。
ユキのそこに当たっている指が動き……ユキはまた快楽に喘いだ。
不意に、斎木が動き、ユキの体をベッドへと押し倒した。
乱暴な仕草ではなかった。
子どもを寝かしつけるような、他愛のないちからだった。
ばふ……とマットレスに背をつけたユキの、ワンピースを腰までたくしあげて。
斎木が、ユキのショーツを引き下ろした。
ユキは抵抗しなかった。それどころかむしろ、立てた両膝を大きく開き、そこが男によく見えるようにした。
斎木の眉間に寄った縦線が深まる。
見慣れないその形状に、絶句しているのがわかった。
ユキは笑いながら、答え合わせをするように口にした。
「先生。ユキはね、昔、男だったの」
いまは平らなユキのそこには。
昔、小さな男性器が付いていた。
そしてそれは、十一歳の頃に。
「お父さんに、切られちゃったけどね」
とっておきの秘密を打ち明ける素振りで。
ユキはゆっくりと、斎木へと告げた。
父親にここを切断されたとき。
勇樹は死んでユキになった。
お父さんは女の子が欲しかったから。
勇樹がユキに生まれ変わったのを喜んでくれた。
そのお父さんはもう居ない。
だからユキは。
お父さんの代わりにユキを可愛がってくれる男が、欲しかった。
斎木が無言で、ユキの股間を見つめていた。
彼の太い腕。低い声。筋肉質な体。
それらは、ユキの失った男らしさで……。
憧れのような嫉妬のような複雑な感情に、ユキの背がぶるりと震えた。
斎木の手が動いた。
男が最初にどこに触れるのか確かめようと、ユキは彼の指を目で追った。
大きく分厚いてのひらが、とん、とユキの頭に乗った。
枕の方に流れている、ユキのさらさらの黒髪。それを、子どもをあやすような仕草で、やわやわと梳いて。
「この髪は、どうした?」
ざんばらの毛先を、そんなふうに問うてきた。
ユキは右目の下瞼を、ひくりと動かした。
初対面の男が気にするほどに、がたがたなのに。兄は一度もそれを、ユキに尋ねてはくれなかったのだ。
「自分で切ったの。いいじゃん、そんなこと」
ユキは首を振って、男の手から逃れた。
「先生。それよりも、時給分、ユキを楽しませて?」
こちらを見下ろしている男の腰に、両足を絡めようとした、そのとき。
不意に、甲高い電子音が鳴った。
斎木がベッドから降りて、上着のポケットを探りスマホを取り出した。
「俺だ。え? ……ああ、すぐに行く」
男は低い声で相槌を打ち、そう言って通話を終えた。そしてユキを振り向くと、
「用事が出来た」
と淡々とした口調で告げる。
ユキは上体を起こして、唖然と口を開いた。
「は? なに?」
「今日は顔合わせだけと聞いている。俺が帰っても問題ないな?」
「ふざけないで。いま帰るなら、アンタはクビだから」
「そういう話は、兄貴の方とする。またな」
伸びてきた男のてのひらが、くしゃり、とユキの髪を撫でた。あまりに自然な動作だったので、避ける暇もなかった。
「またとかないから。もう来ないで」
吐き捨てたユキに、この日初めて、微かな笑みを見せて。
男がのそりとドアを潜って出て行った。
ユキはしばらく茫然と、きちんと閉じられたドアを見ていたのだった。
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