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ユキとオモチャ
斎木は二日後にまたやってきた。
どうやら利樹と話をしたらしい。
「おまえのこと、心配してたぞ」
そう言った男の手には、ハサミが握られている。ユキの体にはゴミ袋。こんな格好、初めてさせられた。
黒い大きなポリ袋の底に顔を通すための穴を開けた簡易のクロスを斎木が持って来たとき、ユキは呆れて言葉もなかった。
ユキを椅子に座らせて、ゴミ袋を頭からずぼっと被せた斎木は、市販の裁縫用のハサミを使って、シャキン、シャキン、とユキのざんばらの髪を整え始めたのだった。
「お兄ちゃんが、ユキの心配なんてするわけないじゃん」
小さく鼻を鳴らして、ユキは目を閉じる。
外見に似合わず器用に動く男の手は、順調に毛先を整えていっているようだった。その迷いのない手付きからして、他人の髪を切り慣れているように思える。
「先生、うまいね」
「見えないのに、わかるのか?」
いま座っているのはミニキッチン横のダイニングスペースで、傍に鏡はなかったが、リズミカルなハサミの音からして、おかしな切り方をされているわけではないだろう。
「ユキよりは、うまいんじゃないの?」
「おまえよりは、な。後ろ、ひどいぞ」
「適当に切ったし」
「なんで切ったんだ?」
他愛なく問われて、ユキの口がつるりと滑る。
「お兄ちゃんを、驚かせようと思って」
へぇ、と無感動な相槌が返ってきた。背後にいる男の表情は見えなかったが、ハサミの音に乱れはなかった。
ユキはがさりとゴミ袋を揺らしながら、その中で膝を抱えた。動くな、と言われて少し笑う。
「お兄ちゃんね、ユキが外に出るのが怖いの。あそこの家に居たのは弟さんのはずだったのに、って近所のひとの噂になるのが怖いんだよね。だからユキの髪が短くなってるの見たときも、すごく驚いてた。外に切りに行ったと思ったみたい」
軽く重ねた足の爪先を無意味に動かしながら、ユキは斎木へとそう話した。
シャキン、シャキン、シャキン、シャキン……。
その音の合間に、「そうか」という低い呟きが混ざる。間抜けな相槌だな、とユキは思った。けれど、不快ではなかった。
思えばユキは、オモチャとこうしてピロートークではない会話をすることは初めてだった。
利樹とも、最低限の会話しかしない。なんだか自分が、真っ当な人間になったようで、おかしな感覚だった。
瞼を持ち上げると、穏やかな時間が終わってしまいそうな気がして……ユキはずっと、目を閉じていた。
斎木は週に二回、ここへ通うことになったのだという。
彼は二十二歳の大学生で、途中休学をしていたらしい。その理由というのが、親友の両親が事故で亡くなり、朝から晩まで働く親友の代わりに幼い弟妹の面倒を見るためだったということだ。なるほど、子どもにするように他愛なくユキに触れて来ると思ったら、そういうわけなのか、とユキは得心した。
斎木がユキの元を訪れる度に、ユキは斎木を誘った。
しかしこれまでのオモチャとは違い、斎木はユキに触れようとはしない。
否。髪を撫でたり膝に抱っこしたりと、それこそユキが幼稚園児でもあるかのような接触はしてくるが、そこに性的な匂いは決して感じとれないのだった。
ユキを抱かないのならば、斎木は来る意味がない。クビだ、と毎回そう思う。
けれど……口数の少ない斎木の、平坦な相槌の声や、ユキを撫でるてのひらの熱が……存外、心地良くて。
ユキは斎木の出入りを、拒むことはできないままだった。
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